さちこのどんぐり
彼は妻に歩み寄り
「すまん。ちょっと用事が長引いてしまった。香奈は?」

「お友達と正樹くんのお墓参りに行ってから来るって。お昼にはまだ時間あるから、少し待っていましょう。」

今日は会社で書類整理をしたあとで、坂崎は妻と娘と近くで待ち合わせて、食事と買い物をする予定だった。




駅前から20分ほど歩き、少し坂道を登った高台にある霊園

そこは静かで、緑が多く、風が心地よかった。

そのなかの正樹の墓前に退院後に少し髪を切った香奈がいた。

「正樹、目はすっかり元通りに見えるようになったんだよ」

春らしいピンクのスカートをはいた香奈の隣には

正樹の友達だった浩二と結衣もいた。

二人と香奈は正樹の死後、病院で知り合った。

正樹が「香奈に渡してほしい」と結衣に頼んだ手紙を
二人が持ってきたとき、

そのころの香奈は
まだ細かい文字を読むことまではできなくて、
結衣がその手紙を読んでくれた。

正樹の手紙が入っていた封筒のなかには、
なぜか「どんぐり」がひとつ入っていた。

手紙の中身は正樹の病気について、香奈に本当のことが言えずに嘘をついていたことが詫びられてあって、
それから、「香奈の幸せを願っている」と書かれてあった。

香奈が知っていた優しい正樹らしい手紙だった。

後に結衣から見せてもらった正樹の写真は
不思議に香奈が想像していたそれと全く同じだった。

3人はそれぞれに正樹のことを思い出していたが、その全てが優しく笑う正樹だった。
幼いころから病気で「やりたくてもできないこと」もたくさんあっただろう。サッカーチームに入りたかったけど、それができなくて、母親とよく練習を見に行ってたと以前、正樹が話していた。
それなのに、彼はいつも周囲のことを気遣っていた。
死ぬ直前まで、香奈の目のことや、浩二と結衣のこと、母親のことを気にかけていた。

「あいつは、本当にいいやつやった。」浩二が言った。
香奈と結衣は黙って、それを聞いていた。
それから3人は墓地を出て駅に向かった。

香奈は、この後に駅前で両親と待ち合わせをしていたし、浩二と結衣は電車で都内まで出て、買い物をする予定だった。


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