さちこのどんぐり
病院の入口を出てから、少し傾斜を下る「病院前」バス停留所までの
木立に挟まれた道を歩いているとき

まださっきの「イラッ」がおさまらない結衣が浩二に言った。

「ちょっと!さっきのひどいんじゃない!」

「何がや?」

浩二はわかってない。

「あそこまでムキになって否定することないじゃない!」

結衣は怒りが込み上げてきた。
しかし浩二も反論する。
「あいつは死んでしまうかもしれんのやで!
俺たちがあいつ目の前で『幸せです』って言えるか!」

「そんなの関係ないじゃない!あんたが『好きだから付き合ってくれ』って言ってきたんじゃない!」

結衣の言葉に浩二は黙っている。




「別に私はどっちでもよかったけど、浩二がそう言ったから…」
(あれ?私、何言ってんの)

「浩二のことなんか!私は好きじゃなかったし…」
(違う!だめ!こんなこと思ってないのに)

結衣は泣き出してしまっていた。
「私たち付き合うべきじゃなかったのよ!もう会いたくない!」


そうじゃなかった。
大好きなのに、
自分が浩二の彼女だってことを否定されたのが悔しかっただけなのに…


浩二は、まだ黙っている。

「大嫌い!」

結衣は浩二から離れて走り出した。

期待していたのに、浩二は追ってはこなかった。

夕日に赤く染まる空の下、長く伸びる影を足元に携えながら、
まだ、さっきの場所で黙って立っているだけ。



結衣は涙が止まらなかった。

その涙は浩二に対してより
ばかなことを言ってしまった自分に対しての涙だった。

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