強引社長の甘い罠
 私は前方で腕を組んでいる祥吾にちらりと視線を移した。
 彼と付き合っていた当時、私はまだ成人したばかりの大学生だった。そんな私にとって、八歳の年の差がある彼はとても大人で、眩しかった。

 彼の艶やかな黒髪に指を差し入れた感触を思い出す。あの、深いブルーの瞳で見つめられ、微笑まれたときの、骨も溶けそうな幸福感を忘れることはできない。
 そして同時に思い出すのは、最後に彼が私に突きつけた現実。
 あんなに愛していた彼に、私は突然打ち捨てられた。

 隠れていたことを忘れ、思わず祥吾に魅入ってしまっていた私は、次の瞬間彼と目が合い、慌てた。
 あの魅力的なブルーの瞳が私を捕らえる。私は簡単に彼に捕捉されてしまった。
 ドキドキと高鳴る胸を抑えることが出来ない。
 あんなに冷静になれと心構えしていたのは、全くの無駄だった。彼の前ではそんな抵抗は無駄なのだ。

 彼も、同じだろうか。もしかしたら、私より慌てているのではないだろうか。突然目の前に、昔、いらなくなった物のように捨てた女が現れたりしたのだから。
 彼も苦しめばいい。私が今までずっと、そうだったように。

 そんな淡い期待を込めて、私も彼をまっすぐ見つめた。
 だがすぐに、そんな私の思惑は、まったくの思い上がりだったということを思い知らされる。

 私と目が合った彼は、まるで表情を変えることなく、一瞬視線を絡めただけで、すぐにそれは逸らされてしまった。
 まるで、初対面の人間にそうするように。
 まるで、興味がない人間にそうするように。

 私はあれから何年も経った今、またしても彼に傷付けられた。
 彼を忘れることが出来ずに、今までずっと苦しい思いをしていたのは私だけだった。
 そう、彼は……、祥吾は……、私のことなど覚えていなかった――。
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