強引社長の甘い罠
 営業部のフロアで行われた全体会議の後で、私たちは各部署で細かい指示を受けた。
 私と及川さんは直属の上司である鈴木課長に、Webサイトで出来るようにすることの大まかな説明を聞き、このオークションシステムを運営している組合のロゴと資料を受け取った。

 鈴木課長は女性で、確か大学生の娘が二人いると聞いている。数年前に離婚してからは女手一つで育てているらしい。仕事面では女性ならではの細やかさと、バイタリティ溢れる行動力で、男性からも一目置かれている存在だ。

 そんな彼女に指示されて、及川さんにはまず英語に翻訳してもらう作業から入ってもらうことになり、私は大まかなデザイン案をいくつか提出することになった。

「こんな時に、何だかタイミングが悪いよね」

 椅子を少し引いて私のデスクを覗き込んだ及川さんが、唇を尖らせている。手には来週開催される、わが社の展覧会のリーフレットが握られていた。

「ほんと。前から決まっていたから仕方ないとはいえ、忙しくなったこのタイミングで展覧会の準備はきついですね」

「うんうん。ただでさえ、展覧会前はバタバタするのに。大体、女子社員がやらされることなんて、ていのいいホステスよね」

 及川さんが「はぁー」と大きな溜息を吐く。私も正直、気持ちは及川さんと同じだった。
 展覧会に訪れる人の半数は顧客で、担当の営業マンが対応してくれるからいいのだが、女子社員には別の仕事があった。

 お茶出しや案内、総務部の女子社員に至っては、毎年、着物を着てお抹茶のサービスをするというものまである。
 忙しい時だから余計な仕事に感じてしまうのは、私だけではないはずだ。
 私も彼女と同様、大きな溜息をついた。

 すると、そんな私たちに陽気な声で口を挟む人物がいた。

「どうしたの? 大きな溜息なんか吐いちゃって」

 聡だった。コーヒーの入った紙コップを持っている。

「あら、井上くん」

「めずらしいね、聡が自販機でコーヒー買うなんて」
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