強引社長の甘い罠
「そういえば社長、何か用があったのではないですか?」

 隣の祥吾が肩を竦めるのが気配で分かった。

「ええ。実は七海さんを少しお借りしたいと思いまして」

「オークションのことですか?」

 祥吾が頷く。

「これから食事の約束をしているのですが、是非、七海さんもと言われましてね」

「まあ……。よっぽど気に入られたのね」

 課長が目を丸くして驚いている。私も同じだった。なんだ、この後のデートってそういうこと? 仕事絡みの食事というわけね。がっかりだ。

「食事の席ではそんな顔しちゃダメよ。クライアントに気に入られたことは喜ばなくっちゃ」

 私があからさまに不満げな顔をしていたのだろう。鈴木課長にやんわりとたしなめられた。慌てて無意識に寄せていた眉間のしわを伸ばす。罰が悪くて項垂れた。

「はい、すみません」

 私が謝ると、鈴木課長はにっこり笑い、上機嫌でデスクへと戻っていった。



 三十分後、連れて来られたのはいたって普通のお好み焼き屋だった。古民家の玄関のような引き戸を開けると、どこか懐かしいようなカラカラという音が響き、「いらっしゃい」と元気な男性の声がした。

 祥吾に続いて中に入る。右側がカウンター席、左側がテーブル席で、全部で十席もないくらいのこぢんまりとしたお店からは、ジュウジュウと食欲をそそる音があちこちから聞こえている。店内は賑わっていた。
 祥吾は真っ直ぐ、奥に一つだけ空いていたテーブル席へと向かった。私も黙ってついていく。彼が私を奥の椅子へと促したので私が座ると、彼も私の隣に腰を下ろした。
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