強引社長の甘い罠
「隣に座るの?」

 思わず聞いてしまった。別に嫌とかそういうんじゃない。ただ、向かい合って座るものだと思っていたからだ。

「あと少ししたら、もう一人来るから」

 祥吾が不機嫌そうに言った。
 ああ、そうだった。これはデートとは名ばかりの仕事だ。オークション絡みということは、佐伯さんがやって来るの? ここに? この店に?

 私はもう一度、騒がしい店内を見回した。会社の同僚らしい男女のグループや、管理職で積もるストレスを抱えていそうな四十代くらいのサラリーマンたち、大学生くらいの、まだ付き合い始めのような初々しいカップルもいる。客層は様々だったが、共通して言えることは、皆、思い思いに楽しんでいるということだ。酔っ払って顔を赤くした男性が大きな口を開けて笑い、彼に口説かれているのか、頬を朱に染めた女性は嬉しそうに微笑む。店内はお世辞にもキレイとは言えず、壁には古いシミがあるし、テーブル席に用意されている椅子も座面がくすんだ赤だったり緑だったりと、不揃いだ。当然というか、決してオシャレな店ではない。

 私はこういった気取っていないお店は好きだけれど、彼女もそうだとは思えない。

「本当にこのお店なの?」

 佐伯さんにはあまりに似つかわしくない気がして、私は隣に座る祥吾に疑いの眼差しを向けた。彼がピクリと眉を上げる。そしてすぐに私の言いたいことを察したのか一つ頷いた。

「ああ。さっき会社で鈴木課長に言ったことは唯を連れ出す嘘にすぎない」

「嘘?」

「今日はデートだと言っておいたはずだが」

「でも、あと一人来るんでしょう?」

 私が聞くと、祥吾はまた頷いた。どういうこと?
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