強引社長の甘い罠
「君は本当に昔からポジティブだな」

 聡が笑った。

「いや、もちろんいい意味で言ったんだよ。だけど、今度ばかりは俺にはそうは思えないな。とにかく、俺は降りるよ」

 聡が佐伯さんの肩に手を置き、ポンポンと軽く叩きながら一歩を踏み出す。仕事に戻るのだろう。こちらへやって来る。

「悪いけど、俺はもう君の味方にはなれないよ。こうなった以上……」

 聡が顔を上げた。半開きになったドアは私の姿をまったく隠してくれなかった。私と聡の目が合う。聡の瞳に動揺が走るのがありありと見えた。

「……唯」

「……こ、こんにちは」

 私もうろたえて間抜けな挨拶をしてしまった。笑ってみたけど、口元が引き攣っているのが自分でも分かる。聡が睫を伏せた。

 訳がわからない。聡と佐伯さんは知り合いだったようだ。つい先ほどの会話からは古くからの付き合いのようだけれど、いったいいつから? 映画館で祥吾と一緒にいる佐伯さんと出くわしたとき、二人は初対面のようだったのに、あれは演技だったということ? そもそも、佐伯さんの計画って何? 彼女はいったい何をしたというの?

「……唯」

 もう一度聡が私の名前を呼んだ。ハッと我に返る。佐伯さんも近づいてきた。
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