強引社長の甘い罠
 女性に見入って、突っ立ったままだった私の腕を軽く引き、コソコソと耳打ちする杉浦さん。私は益々顔を引き攣らせた。

 彼女が理事? あのオークション組合の?
 あまりに意外な相手の登場に、私の表情が強張る。無理やり口角を上げると引き攣った笑みを浮かべた。

「い、いらっしゃいませ」

 ペコリとお辞儀をする。

 私の前に立った彼女はじっと私の顔を見つめた後、ついと視線を下げて私の首にぶら下がっていた社員証を確認した。嘲るようなかすかな笑みを浮かべている。いくら私の笑顔が硬いとはいえ、何だかとても感じ悪い。
 「どうも」とおよそ愛想が良いとは言えない返事を返した彼女は、キョロキョロと辺りを見回した。

「あの、本日ご案内をさせていただきます、七海と申します。よろしくお願いいたします」

 そんな彼女の様子にかまうことなく、私は挨拶をすると何とか事務的にスケジュールをこなそうとした。まずは受付名簿に名前を記入してもらわなければならない。
 彼女はちらりと私を見たあと、黙って名簿に名前を書いた。彼女の名前は『佐伯幸子』というらしい。

 「それでは、こちらへどうぞ」

 私が案内しようとすると、彼女、佐伯さんは不満そうな顔をした。
 彼女は今回システムを受注したオークション組合の理事だという。通常であればそれに関連するものを紹介したいところだが、何せまだ受注したばかりの新しい試みだ。私は順番にブースを回ることにした。彼女が興味を示したところで、そのシステム担当に説明させればいいだろう。

 私が佐伯さんの隣に立って一番手前のブースへ向かおうとしたとき、彼女が長い髪をかき上げながらおもむろに口を開いた。

「ねぇ、あなたのところの社長はいないの?」

「社長、ですか?」

「そう。いるなら呼んでくれないかしら?」
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