強引社長の甘い罠

一本の電話

* * *

 至福の朝だった。目覚めて最初に目にしたのは少し日焼けした硬い胸板。その上には、無意識に添えられていた私の右手。彼の日焼けした肌の色と比べると私の肌の白さが目立ち、くすぐったい気持ちになる。私は女で、彼は頼れる男性だということを意識させられる。

 祥吾はまだ眠っていた。彼の体に寄りかかるようにしてうつ伏せ気味で眠っていたらしい私は、彼を起こさないようにそっと頭をもたげる。

 一晩中私を抱きしめてくれていたのだろうか。私の左肩から背中にかけて回されていた彼の腕が私の腰の方へと滑っていく。ドキリとして息を詰めて見守ると、規則正しい寝息が聞こえてきた。長い睫は伏せられたまま。彼を起こしたわけじゃないと知って、私は殺していた息をそっと吐き出した。

 こうしてまた、祥吾の寝顔を眺める権利をもらえるなんて思ってもみなかった。そして、どうして今までこの顔を見ることなく朝を迎えられていたのか不思議でならない。今となっては、祥吾なしでどうやって生きてこられたのか思い出すことができない。私はもう二度と、一人では生きていけないと思う。祥吾がそばにいてくれないと、息さえできない気がしている。私はこんなに弱い人間だった?

 胸が痛い。こうして彼を眺めているだけで、幸せすぎて怖いくらい。至上の幸福と恐怖が同時にやってきたような、そんな感じ。いつかまた、彼を失うことになるかもしれないという恐れが私を苛むのは、きっと幸せすぎるから。もう二度と私たちは離れたりしないと分かっていてもそんなことを考えてしまうのは、私が彼を愛しすぎているから。
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