強引社長の甘い罠
 彼女にとってもここは取引先で、仕事で来ているはずなのに、まるでデートで待ち合わせをしていた恋人に見せるような笑顔と弾んだ声で、彼女は祥吾の名前を呼んだ。
 駆け寄って、祥吾の腕に自分の腕を絡ませるようにして立つ。私の胸が、またズキンと痛んだ気がした。

「幸子さん、いらしてたんですね」

 そんな彼女を見下ろした祥吾は、私と再会してから初めて見せる、とろけるような甘い笑みを浮かべた。途端に私の胸が鷲掴みされたようにキリキリ痛む。

 私は昔、あの顔を見たことがある。彼はいつも今のような笑顔を私に見せてくれていた。優しくて、私の全てを包み込んでくれるような、体の芯から溶けてしまいそうな、あの笑顔。
 それは昔、確かに私に向けられていた。私だけに向けられた笑顔だった。

 けれど今それは、私の目の前に立つ、佐伯さんに向けられている。彼の魅力的な青い瞳が甘い笑みを湛えて見つめる相手は、私じゃない。私の目の前にいる、彼女だ。
 彼は今、彼女のものなのだ。

 わかっている。今、こんなに胸が締め付けられるように苦しいのは私だけで、祥吾の胸はこれっぽっちも痛んでいないことくらい。充分すぎるほど、わかっている。
 だって彼は私を見ても、その瞳にほんの僅かな動揺も見せなかった。彼に出くわす心構えをしていたはずの私の方は、激しく動揺し、体が震えたというのに。

 今だって、私の目の前にいる、私以外の女性に笑いかける彼を見ているだけで、私は嫉妬に狂いそうになる。それなのに、彼は先ほどからまだ一度も、私を視界にすら入れていない。まるで私の存在に気づいていないのだ。
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