強引社長の甘い罠
 私は奥歯を噛み締めると顎を引いて視線を逸らした。この二人を視界の外に追いやりたい。

「あ、そうだわ」

 彼女がさも今思いついたかのように言った。

「あなた、七海さんと言ったかしら。もうここまででいいわ」

「え?」

「祥吾が来てくれたもの。祥吾に案内してもらうわ。ね、祥吾、いいでしょう?」

 甘えるような声を出した彼女が上目遣いで祥吾を見つめる。彼は微笑んだまま、小さく息を吐くと、ここで初めて私を見た。

 彼の深いブルーの瞳が私をまっすぐ捕らえる。
 私の心臓がドクンと大きく震えた。次の瞬間には小刻みに素早く脈を刻み始め、息苦しくなってくる。よろけそうになるのを、必死に堪えた。

 こんなに間近で見つめられるのはどれぐらい振りだろう。つい最近だったような、それでいて遠い昔だったような。
 私はあの頃と何も変わっていなかった。彼の吸い込まれそうな青い瞳に見つめられるだけで、こんなにも体が熱くなる。こんなにも彼が恋しくなる。私はこんなにも、彼を欲している。

 だめよ。囚われてはだめ。彼には他に恋人がいる。今も、まるで私に見せ付けるようにして、彼女は彼に腕を絡ませ立っている。
 それに、私にだって聡がいる。あんなに優しい彼を裏切るようなことは、したくない。

 どんなに私の心と体が、今目の前にいるこの男、桐原祥吾に反応したとしても、それはもう終わった恋だ。少なくとも、彼の中では終わっている。だから私も蓋をしなくてはならない。揺るがないように、しっかりと蓋をしなければ。
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