強引社長の甘い罠
「ああ、佐伯さん?」

「そうです、そうです! 佐伯さん。彼女、今日ウチの会社に来てたんですよ。ちょうど私が総務に行ったとき彼女が受付で何か話していて。しばらくしたら桐原社長がエレベーターから降りてきて二人はそのまま一緒に一階へ降りて行ったんです。総務で二人の噂を聞いたばかりだったから窓から下を覗いてたら、桐原社長だけ出てきたんですけど、どうやら社長は車を取りに行ってただけだったみたいで、その後彼女を乗せてどこかへ出掛けましたよ。婚約してるっていう話も信憑性がありますよね」

 皆川さんの話に、私の思考は麻痺してしまっていた。祥吾が佐伯さんを車に乗せた? それは本当? 彼女が嘘を言うなんて考えられないから、きっと本当なんだろう。でも見間違いという可能性も考えられる。だって祥吾が社内にいたかどうかも怪しいのだ。私でさえ、もう二週間も連絡が取れないのに、そんな彼が私ではなく、佐伯さんと会っていたなんて。

 私は奥歯をギュッと噛み締めた。何とかして祥吾と連絡を取らなければ。別に佐伯さんとの仲を疑ってそう思うわけじゃない。……ううん、正直言うとほんの少し、いや、かなり面白くないのは事実だ。私が祥吾を心配している間に、祥吾と佐伯さんは会っているというのなら、ちょっとくらいそう思っても仕方がないでしょう? でも私は祥吾が仕事で何かのトラブルに見舞われたことを知っている。そのトラブルがもう解決しているなら安心だ。だけどどうして彼は連絡をくれないの? 事後処理とか私にはわからない事情もあるのかもしれないけれど、その点だけは確認しておきたい。今日中に。何としても。

 私は決意に満ちて顔を上げると、隣に座る及川さんと目の前に立っている皆川さんに向かって心から謝罪した。

「ごめんなさい、今夜飲みに行く話、明日でも大丈夫?」
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