強引社長の甘い罠
「七海様がいらっしゃったらお二人分のお食事をご用意するようにと承っております。桐原様は少し遅れていらっしゃるようですが、このままお待ちになりますか?」

 私はもう一度テーブルに目をやった。なぜこれが一人分だと決め付けたのだろう。そんなこと、聞かなくてもわかるはずだったのに。だって、テーブルの上には、二人分のカトラリーが並んでいる。これを見て一人分だと思う方がどうかしている。客室係だって怪訝に思って当然だ。
 でも待って。そんなことより、彼は今、何て言った? 私が眉をひそめたとき、ドアが閉まる音が背後で聞こえた。

「その必要はない」

 上着を脱ぎながらムスッとした表情で部屋に入ってきたのは祥吾だった。接客のプロである客室係二人の間にすぐさま緊張が走ったのがわかった。

 背の高い彼がその端正な顔にある青い瞳で一瞥すると、辺りの空気が引き締まり、誰もが息を呑んで背筋を伸ばす。だけど私はそんなの平気だ。私がこのとき、この部屋にいる誰よりもその場で凍りついていたのはそんな理由からじゃない。今までそれなりの常識を持って生きてきた私の中で、理解できないことが立て続けに起きているからだ。

 恋人だった祥吾に突然会えなくなったと思えば、彼には別の相手が出来ていた。それなのに彼はこうして私のプライベートにまで口を出し、たった今、私と一緒に食事をしようとしている。私は彼の将棋の駒だ。駒は彼に操られ、そこに駒の意思はない。
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