強引社長の甘い罠
 駄目なのだ。いくら意識して祥吾のことを頭の中から追い出しても、気づけば彼のことを考えている。
 一目、祥吾の姿を捉えると、私の視界は彼しか映し出さなくなる。
 一声、祥吾の声を聞けば、私の耳は彼の声しか拾わなくなる。

 はっきり分かった。よく、時間が傷を癒すというけれど、あれは嘘だということが。
 あれから何年も経ったのに、私の傷は癒えるどころか彼に会ってひどくなった。私はまだ、こんなにも祥吾に恋焦がれている。

 それは、目の前で心配そうに私を見つめる恋人を裏切っているということだ。別の男に心を奪われたままで、彼と一緒にいていいはずがない。

「聡……」

「ん?」

「……う、ううん、何でもない。ごめんね、ぼーっとしてて。何だった?」

 ――私はひどい女だ。そして、ずるい。
 こうしてはっきり、祥吾への気持ちを自覚したにもかかわらず、聡の温もりも手放すことができないなんて。

「この後どうするか聞いたんだ。映画でも観に行こうかと思ったんだけど」

 心配そうな表情はそのままに、私を優しく見つめる聡。
 私はにっこり微笑むと「観たかった映画があるの」と宙ぶらりんになっていたフォークを慌てて口に押し込んだ。
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