強引社長の甘い罠
「まあ、いきなり社長が同行するなんて言われて緊張するのは分かるけど……大丈夫よ。桐原社長は気さくな人だし。普段どおりでやってくれればいいわ」

 頼むわね、と微笑んだ彼女に肩をぽん、と叩かれた。私はそれ以上何も言えず、項垂れたまま「はい」と返事をして自分の席へと戻った。
 鼓動が速くなっている。心なしか息苦しささえ感じられた。
 祥吾に同行する――。私の不安はますます大きくなってしまった。


 三十分後、私は祥吾が運転する車の助手席に乗っていた。

 てっきり現地で合流するのだと思っていた私は、かかってきた内線で、一階のエントランスで待つように言われたときはかなり焦ってしまった。

 そしてその後、エントランスのドア脇に立っていた私の前に、事務的な笑顔を向けながら歩み寄ってきた祥吾が、ビル前の縁石沿いにハザードを出して停めてあった車に私を促したときは、思わず体を硬くした。
 まさか、祥吾自らが運転する車で同行するとは思っていなかったのだ。

 七年前とは違うその車はまだ新車の匂いがした。彼の瞳の色と同じ、深いブルーのBMWのコンバーチブルは、暖かい季節に風を受けて走ればさぞ気持ちがいいだろう。
 私は激しく打ちつける心臓を必死に落ち着かせながら、動揺を悟られないよう、黙って車に乗り込んだ。
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