強引社長の甘い罠
「資料は持っているよね?」

 運転席に滑り込んだ彼がシートベルトをしながら言った。

「はい」

「見せて」

 端的に言葉を発する彼は、仕事の顔だ。
 数日前に私に見せた冷徹な表情でもなく、先ほど向けられた事務的な笑顔でもなく。
 私が差し出したデザイン案が印刷された資料をパラパラとめくっては、真剣な表情で目を通していく。

「なるほどね。君の仕事は評判がいいというのは本当のようだ」

 資料を私に返しながら、ほんの少し彼が笑っただけで、私はもう我を忘れそうになってしまった。私に対する評価を彼はリサーチしていた。そして認めてくれた。気分が高揚する。
 この心臓の音が、狭い車内で彼に聞こえていないことを祈るだけだ。

「……ありがとうございます」

 やっとの思いで、それだけ言った。

 少なくとも、私の仕事は評価してくれたのだ。例え私のことを忘れていたとしても、冷たい視線を向けられたとしても、仕事ぶりは彼の基準を満たしているらしい。
 それだけでも、今の私には嬉しかった。
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