強引社長の甘い罠
月曜日。いつものように出社した私は、今日はパソコンの電源を入れずに、バッグをデスクの一番下の引き出しにしまった。
毎週月曜日の朝は、始業前に簡単な朝礼が行われる。特に代わり映えのしない朝礼ではあるが、今日はいつもと違った。
数週間前にこの会社が買収され、経営者が代わったのだ。今日はその人物の初披露目となる。先週、他の女子社員から聞いた噂によると、三十代半ばくらいのイイ男だそうだ。
確かに大企業とはいえないかもしれないけれど、それでも社員四百余名、業界で急成長しつつあったこの会社をあっさり買収してしまうくらいの実力の持ち主が、まだそんなに若かったなどとは、驚きだ。
当面は代表取締役社長として、肩書き上は現社長と同等の地位で共同経営に携わっていくらしい。今までの重役もそのポストを追われることなく、通常どおりということだから、この買収が一般的な買収と毛色が違うことは明白だ。もちろん、買収したその男が、実質一番上に立つことになるのは、間違いないのだが。
「七海さん、新しい社長、見たことある?」
同じ部署の隣の席で、私より一つ先輩になる及川涼子さんが声を掛けてきた。彼女は肩先でふんわりとカールさせた髪を片手でかき上げながら、フロアの前方を見ている。
駅前の六十階建てビルの、二十階から二十七階までがウチの会社のオフィスだ。二十階に受付と総務部、そしてこの広い多目的フロアがある。
広いとは言っても、四百名余りの社員が一同に集まると狭く感じる。
私はぎっしり詰め込まれた社員の隙間から前方に視線を移した。身長百六十センチの私は、これといって小さいわけでも、大きいわけでもない。
前がまったく見えないわけでもないが、こうも人がひしめき合っていては、背伸びをするか人の隙間を覗くかしないと見渡せない。
「まだ見たことないんですけど、噂では三十代の若い人らしいですね」
「そうそう。しかもすっごくイイ男って噂よ。総務の子が騒いでたもの。どうしよう、会社でロマンスが生まれたりして!」
及川さんが両手を頬に当ててはしゃいでいる。
私はどこか冷めた視線を彼女に向けた。
「及川さん、彼氏いましたよね? そんなこと言ってていいんですか?」
毎週月曜日の朝は、始業前に簡単な朝礼が行われる。特に代わり映えのしない朝礼ではあるが、今日はいつもと違った。
数週間前にこの会社が買収され、経営者が代わったのだ。今日はその人物の初披露目となる。先週、他の女子社員から聞いた噂によると、三十代半ばくらいのイイ男だそうだ。
確かに大企業とはいえないかもしれないけれど、それでも社員四百余名、業界で急成長しつつあったこの会社をあっさり買収してしまうくらいの実力の持ち主が、まだそんなに若かったなどとは、驚きだ。
当面は代表取締役社長として、肩書き上は現社長と同等の地位で共同経営に携わっていくらしい。今までの重役もそのポストを追われることなく、通常どおりということだから、この買収が一般的な買収と毛色が違うことは明白だ。もちろん、買収したその男が、実質一番上に立つことになるのは、間違いないのだが。
「七海さん、新しい社長、見たことある?」
同じ部署の隣の席で、私より一つ先輩になる及川涼子さんが声を掛けてきた。彼女は肩先でふんわりとカールさせた髪を片手でかき上げながら、フロアの前方を見ている。
駅前の六十階建てビルの、二十階から二十七階までがウチの会社のオフィスだ。二十階に受付と総務部、そしてこの広い多目的フロアがある。
広いとは言っても、四百名余りの社員が一同に集まると狭く感じる。
私はぎっしり詰め込まれた社員の隙間から前方に視線を移した。身長百六十センチの私は、これといって小さいわけでも、大きいわけでもない。
前がまったく見えないわけでもないが、こうも人がひしめき合っていては、背伸びをするか人の隙間を覗くかしないと見渡せない。
「まだ見たことないんですけど、噂では三十代の若い人らしいですね」
「そうそう。しかもすっごくイイ男って噂よ。総務の子が騒いでたもの。どうしよう、会社でロマンスが生まれたりして!」
及川さんが両手を頬に当ててはしゃいでいる。
私はどこか冷めた視線を彼女に向けた。
「及川さん、彼氏いましたよね? そんなこと言ってていいんですか?」