強引社長の甘い罠
「えー、だって言っても仕方ないじゃないですか。井上さんには七海さんがいましたし。これで七海さんが嫌な先輩だったらまた違ったかもしれないですけど、全然そんなんじゃないんですもん。私、七海さんにも憧れてるんですよ。だから私が井上さんに憧れてるとかそういうことは、言わないほうがいいかなと思っただけですよ」

 皆川さんは私を見て微笑むとペロッと舌を出した。そして続ける。

「もちろん桐原社長は素敵ですよ。でも、それは芸能人に憧れるのと同じような感覚ですよ。だって、桐原社長は私たちにとっては雲の上の存在じゃないですか。いくら同じ会社だからといって、気軽に話しかけたり誘ったりできる関係じゃありませんし。その点、井上さんなら同じ部署だし、よく会うし、誘おうと思えばいくらでもできる分、現実的じゃないですか。手に入らない極上の男を求めるより、身近なイイ男の方がいいに決まってますよ。及川さんもそう思いませんか?」

「まあね。確かにそれは一理あるわね」

 皆川さんが同意を求めるように斜め向かいの及川さんを見ると、及川さんも必要以上に神妙な顔をして頷いている。

 もう既に一杯目のウーロンハイを空にした皆川さんは「すみませ~ん」と手を上げて店員を呼ぶと、早々と二杯目を注文した。

 私はまだ自分のゆずレモンサワーを一口飲んだだけなのに、彼女のペースの早さには舌を巻く。彼女の気負わないさばけた性格を私は好ましく思っていた。

「それで、別れた理由は何なんですか? 私にも教えてくださいよ」

 まもなく運ばれてきた二杯目のウーロンハイに口をつけながら、皆川さんが言った。
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