強引社長の甘い罠
 やめて。それ以上近寄らないで。
 声には出さず、唇をギュッと噛み締めて念じる。

 その願いが届いたかのように、祥吾はそこで立ち止まった。

 ジッと私を見下ろしたまま、祥吾の視線がほんの少し下がった。塗りなおしたばかりの、ピンクに艶めいている唇に視線を感じる。彼は、私の唇を見つめている。

 そう気づいた瞬間、彼のオフィスで交わした情熱的なキスを思い出してしまった。意思に反して、私の体が熱を帯びていくのを感じる。彼に唇を塞がれ、彼の滑らかな舌が私の舌を捕らえて愛撫したあの素晴らしい感覚が鮮明に蘇る。

 頭が痺れてきた。体に力が入らない。フラリとよろめいた体を、なんとか動かした右足で支える。
 その瞬間、祥吾が悪態をついた。彼はあっという間に私との距離を詰め、右手を私の腰に回した。すぐにグイと引き寄せられ、私の体は祥吾の体にピッタリと密着する。そして気づいたときには、私の口は彼の口に塞がれていた。

 祥吾の懐かしくて男らしい匂いがする。スパイシーな彼の香水に混じって香る、彼自身の香りだ。それはまるで媚薬のように私を恍惚とした気分にさせる。頭が完全に痺れてしまって、何も考えることができない。
 もはや私の体は完全に祥吾に支配されていて、彼が角度を変えて何度も繰り返すキスに、応じることしか出来なくなっていた。

「……唯」

 彼が囁いた。熱を孕んだ声で。
 その声で私は一気に目覚めた。私は一体なにをしているの?
 両手に力を入れると、思い切り彼を突き飛ばす。
< 75 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop