強引社長の甘い罠
「祥吾には、もう関係ないことでしょ」

 急に瞳に熱を感じたかと思うと、視界がぼやけた。ダメだ。泣いてしまいそう。
 再び自分を庇うように下ろした左手を右手で抱き寄せた私は、一歩後ずさり横を向いた。

「私が今、何を考えて何をしてようと、祥吾には関係ない。祥吾に私を責める資格はないわ。私があの時、どんな気持ちだったか……あなたには分からない。簡単に私を捨てて他の女に心移りしたあなたに、私の何を責められるというの?」

 言いたくもない言葉が口をついて出てしまう。私が祥吾にどれだけ傷付けられたかを、彼に白状しているようなものだ。そしてそんな弱った恨みがましいことを言う私の声はありえないくらい震えていて、いつしか視界も滲んではっきり物を捉えられなくなっている。私が泣いているのは、隠しようもなかった。

 私は潤んだ瞳のまま、キッと祥吾を睨みつけた。

「もう私に構わないで」

「唯……」

 涙でぼやける視界の向こうに立ち尽くす祥吾は、意外にも笑っていなかった。軽蔑した笑みを浮かべていたはずの彼は、困惑した表情すら見せている。

 どうして今、そんな顔をするの? 昔あれだけあっさりと私を捨てておいて、なぜ今になって、私につきまとい、私を傷付けるのか分からない。そして今、彼がどうしてそんな顔をしているのかも。

「もういいでしょ? そこをどいてよ」

 これ以上この場所にいることが耐えられなくて、私は祥吾の脇をすり抜けようとした。だけどその瞬間、彼が私の腕を強く掴んだ。
< 77 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop