強引社長の甘い罠
「待て、唯。何のことを言っているんだ?」

 腕を掴んで私を引き止めた祥吾が、私の瞳を真っ直ぐ見つめてきた。彼は何がしたいの? 私に昔のことをあれこれ思い出させたいの?

「しらばっくれてるの? それとも、私とのことは長い人生のうちのほんのいっとき、取るに足らない思い出で忘れてしまった?」

 私は祥吾を睨んだまま、ほんの少し笑って見せた。全然うまく笑えている気がしないけど、そんなことは問題じゃない。動揺していることを悟られなければそれでいい。
 けれど祥吾は相変わらず真剣な眼差しで、少し顔が強張ったように感じられた。

「忘れてなどいない」

 彼が言った。それから私の腕を掴んでいた手をゆっくり離す。

「だけど、君の言っていることの意味がわからない。君は何のことを話しているんだ?」

 呆れた! 彼は本当に忘れている。
 私の頭にカッと血が上った。

「もう充分、分かったわ! そうね、私とはたった一年しか付き合っていないもの。それでお互いのことを理解できたなんて言えるわけがないわ。あなたは私を捨てて他の女性を選んだ。私が知らないとでも思った? お生憎様。何もかも知っているわ。わざわざ親切に、私に教えてくれた人がいるもの。でもそんなこと、全然意味がなかったわ。だって私はもうその頃には、あなたと別れていたんだし。あなたはそのことで私に責められるいわれもなければ、私があなたに責められるいわれもないわ」
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