強引社長の甘い罠
「そうか。君ほどの男なら色々あるだろう。ところであの仕事は順調かね?」

 すぐ傍で男が上機嫌に聞いた。キレイに手入れされた口ひげが持ち上がる。男、佐伯清二は赤ワインを口に含むと、ゆっくりと味わいながら飲み込んだ。

 ところどころ白髪が混じった短髪に、リムレスタイプのメガネをかけた彼は、意外にもつぶらな瞳が親しみやすさを出している。日本有数の不動産会社を経営している男にしては、一見ヤサ男に見えるが、彼の本質を俺は知っている。彼は親しみのこもった表情で、不要なものは冷酷に切り捨て、その代わり、必要であると思ったものに対しては、際限なく努力をする男だ。
 幸い俺は、彼に必要と判断されている人間だ。俺は安心させるようにさらに笑みを深めた。

「ええ、順調ですよ。おかげで随分と忙しくさせていただいてます」

「そうよ、パパ。祥吾はとても優秀だもの。新しい会社でもまるで昔から全てを把握していたかのように、スムーズに進めているわ。彼は人を使う才能に長けているから」

 俺の向かいに座った幸子さんが嬉々として口を挟んだ。そんな彼女に佐伯氏は嬉しそうに顔を綻ばせている。一人っ子でわがままに育った娘といえど、やはり可愛いわが子ということだ。

「ははは。幸子は桐原くんのことになると本当に生き生きとする」

「もう、パパったら……」

 幸子さんが顔を赤らめる。俺は笑顔が引き攣っていないかを気にするばかりだ。
 幸子さんが俺に好意を持っていることは、彼女の分かりやすい態度から俺だけでなく、父親である佐伯氏にも周知のことだ。
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