龍泉山の雪山猫
「サッちゃーん!ちょっと来てくれる?」
ある日、お米を運んでいた最中、川沿いに住むミチおばさんがわたしを呼んだ。
お米を置いて、おばさんの後についていくと、村長さんの家に着いた。村長さんの家の前には村のおじいちゃん達が集まっている。

「おお、サッちゃん。待ってたよ。」
村長さんがわたしを見ると手招きする。村長さんはもうずいぶん腰の曲がったおじいちゃんだけど、いつも優しくて元気だった。
「村長さん、おはよう。みんな集まってるけど、何かあったの?」
「ちょっとお願い事があってね。サッちゃん、今年が何の年か知ってるかい?」
「うん、帰郷の年でしょ?」

帰郷の年というのは、この村で昔から行われている、五年に一度のお祭りがある年。言い伝えによると、龍神様は五年に一回、秋の満月な大きな夜に天に帰って疲れを癒す。龍神様が天に帰っている間、村の人たちは龍神様がちゃんと迷わず帰ってこれるように、三日三晩お祭りを行ってその年の豊作を祝い、それと同時にまた次の五年も龍神様の恵みがこの村を満たすようにって祈りをささげる。

「そう、その今年の帰郷祭りのことなんだがね、どうしてもサッちゃんに龍神様の花嫁役をやってもらいたいんだよ。」
「龍神様の花嫁役って...。」

五年前のお祭りを思い出そうとしたけど、どうにも食べ過ぎて苦しかった思い出しか浮かんでこない。確か、きれいな着物を着た女の人が駕籠に乗っていたような...。

「心配しなくても、それほど難しいことじゃない。」
不安になっていたわたしを察したのか、村長さんが話し始めた。
「まあ、踊りはしっかり覚えてもらわないと困るがね。あとは、三日三晩神社に泊まって龍神様の帰りを待つだけじゃよ。」
「踊り?!」
「大丈夫。サッちゃんならできる。村の衆と話し合ってね、今年はどうしても花嫁役をサッちゃんにやってもらいたいんだよ。」
「どうしてもって...。」
「ほら、この前雪山猫に襲われたのに、無事帰ってこれたろう?それはね、きっと龍神様に気に入られているんだよ。だから、今年はサッちゃんにお願いするのが一番。」
そう言い切る村長さんの顔はうれしそうに笑っていた。
「やってくれるよね?」
周りのおじいさん達も期待の目でわたしを見ていた。

「うん、踊りは自信ないけど...。それでもいいならやってみるよ。」
「では決まりだ。さあ、後はミチさんお願いしますよ。」
村長さんがそう言うなり、ミチおばさんはわたしの腕を引っ張って村長さんの家の中に入っていく。
「ちょっと、ミチおばさん!わたしまだ家のことが!」
「大丈夫よ。もう話は村の人達に行き届いてるから。サッちゃんのとこの仕事はみんなが手伝ってくれるから、心配しなくていいのよ。」
「お母さんは?」
「言っておいたよ。すごく喜んでたんだから。」

お母さんが喜んでいたと聞いて、ちょっとうれしい。

「ほら、顔を緩めない!これから五日間で踊りを覚えなきゃいけないんだからね!サッちゃんはお祭りが始まるまでここ、村長さんの家で寝泊まりするのよ。しきたりで、外へは一切出しません。村長さんは難しいことじゃないなんて言ってたけど、本当は龍の花嫁役はとっても大変なの。気をひきしめて!」
「は、はい!」
ミチおばさんのいつになく厳しい声に、わたしは姿勢を正した。
五日間も踊りの稽古かあ...。なんだか大変な事を任されちゃったな。
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