続 音の生まれる場所(上)
駅へ向かう途中、歩くのを止めた。カズ君の家の近く。見たことのあるジャージ姿に、ドキッ…とした。

「…久しぶり…」

背の高い彼に、先に声をかけられた。

「…げ、元気…?」

変なことを言ってしまった。慌てて言い直そうにも、何を言っていいか分からない…。
し…んとしてしまう。カズ君に会うのは一ヶ月以上ぶり。少し痩せたかな…と思った。

「…今日…ホワイトデーだからさ…」

カズ君の言葉に戸惑う。あの電話で別れたきり、私は彼に何もあげなかったし、第一、何も買ってなかった…。

「これ…真由子にやろうと思って買ったやつだから…」

手に持ってた小さな箱。す…と差し出された。

「…私…貰えないよ…カズ君に、何も贈ってないのに…」

贈る所か酷いことしかしていない。手を出さない私に呆れ、彼の方が手を引っ張った。

「そんな大したもんじゃねーよ。ただの菓子だよ。出張ついでの土産。気持ちなんか入ってねーから!」

手の平に乗せられる。可愛いピンクの小箱。隅っこに、お菓子の名前が書いてある。

「…礼代わりだと思って…食べといてくれよ」

言うだけ言って帰ろうとする。その背中を、思わず呼び止めた。

「待って!」

振り向くカズ君に、言う言葉が見つからない。思いは喉元まで来てるのに、声にならない…。

「…あ…ありがとう…」

声に出せたのは、この一言だけ。後は何も…言えなかった…。

カズ君が少しだけ笑みを浮かべて帰ってく。その姿が見えなくなるまで、ずっと、見送り続けた。

手の中にあるお菓子の箱は、朔がくれた人形と同じくらい重かった。食べてくれと言ったカズ君の気持ちをムダにしたくなくて、電車の中で、一個だけ食べた。
イチゴ味のクランキーチョコ。名産だと書かれたイチゴが、チョコの中にふんだんに使われていて、甘酸っぱくて美味しかった…。

カズ君は…私がイチゴを好きなのを、きっと覚えていたんだと思う。それで出張先で見つけた物を、早々と買ってたんだろう。
捨てても良かったのに…捨てずに届けてくれた…。そういう優しい所が、一番好きだったーーー。

(ごめんね…カズ君…本気になれなくて……)

改めて涙が零れる。口の中に残ったイチゴの香りは、居心地悪く残っていた心の片隅から、嫌な後味を消してくれるような気がしたーーー。
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