続 音の生まれる場所(上)
「さっき…ありがとうございました…」

お礼を言ってなかったのを思い出した。

「坂本さんが合わせてくれたから、ステキな二重奏ができました…」

彼と音を重ねるのも、自分の願いの一つだった。

「三浦さんの奥さんに、気持ちよかったと言ってもらえて嬉しかったです…これも全部、坂本さんのおかげです」

足元に映る影を見ながら話してた。二人の間は、殆ど離れていなかった。

「僕は合わせてなんかないよ。君の思いを感じとっただけで…」

ドキッとして振り向く。歩みを止めた彼が、こっちを見てた。

「君が僕と同じ言葉を言ってる気がした…違う?」

目に映ってる人を見る。真面目な表情をした彼が、言葉以上に気持ちを表してるように思えた…。


「違い…ません…」

思いを口にしなくても、その一言で通じるように感じた。

「ちょっとこっちへ…」

手招きして脇道に避ける。奥に私を押し込んだ彼が、先に声を発した。

「僕は…やっぱり言葉で確かめたいから…」

そう言って息を吐いた。真面目な顔つきで咳払いをして、一歩近づいた。

「…君が好きだよ…小沢さん」

ストレートな言い方にドキッとする。照れた顔の彼に、胸が速く鳴りだした。

「お互い知らないことがあると思うけど…一緒にいたい。僕と、付き合ってくれる?」

「…どこにも行きませんか?」

つい口に出した。朔のように、目の前から彼がいなくなるのがイヤだった…。

「行かないよ。…君の側にいる」

前髪が触れる距離まで近づく。柔らかい前髪が、サラリと額に触れた。

「ドイツにも?」

手を握られ、涙が零れだす。「うん…」と頷く彼が、優しく私の髪を撫でた。

「ずっと…?ホントですね…?」

しつこく聞く私に笑顔を見せる。その顔が涙でかすんだ…。

「何処へも行かないよ…君を一人にしない…」

約束…と小指を絡める。その瞬間、堰を切ったように想いが溢れた…。

「付き合います!私…坂本さんのこと好きだから!…他の誰よりも一番、大好きだからっ…!」

ぎゅっ…と手に力を込める。あの冬の日と同じ。思いの全てを握りしめた。


「僕もだよ…」

空いた手で抱き寄せられる。彼の胸の中にいる今が、人生で一番幸せな時だと知った…。

握ってる手を放して彼が肩を抱こうとする。その手を、自分から握り返した。

「ごめんなさい…今、胸がいっぱいで…もう少しこのまま…いさせて下さい…」

待ち続けてた人の胸の中。そんなに早く放れたくない……。

「大丈夫…放す訳じゃないから…」

解かれる手が頬に触れる。そのまま顔が近づいた…。

「君の泣いてる顔が好き…。涙が…真珠のようにキレイだ…」

初めて触れる唇で全身が痺れる。何も考える余裕がないくらい、甘いキスの味がしたーーー。

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