届屋ぎんかの怪異譚



「殺すなら殺すがいいわ」



すぐに顔を上げた白檀からは、表情が消え去っていた。


その瞳はただ冷たく鈍い光をたたえ、傷ついた息子をじろりと一瞥する。



「あの体が死んだところで、代わりの犬神はいくらでも用意できる。その子を殺しても、萱村の血を呪い殺すまで追いつめてやるわ」



吐き捨てるように言った、その言葉の末尾で声が揺れたのを、銀花は聞き逃さなかった。



「……絶対に、萱村の人間を山吹と同じところへは行かせない」



消え入りそうにつぶやかれた白檀の言葉に、銀花は目を瞠った。



――それが、本当の目的だったのか。



大切な人を奪われた自分のための復讐。


それももちろん本当なのだろう。


けれど、ひびの入ったかめの、亀裂から水の漏れ出すようにこぼれた今の言葉が、きっと復讐よりもずっとずっと心の深くにあった、このひとの想いだ。



「――母様はここにいるわ!」



思わず叫んでいた。

今日、このひとに伝えたかった、一番のこと。



そこにいた誰もが、晦でさえも、訝しげに眉をひそめて銀花を見た。



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