二人の『彼』
藤堂と俺

夕焼けに染まる街を、俺は一人歩いていく。



風情があると言えばそうなのだろうけれど、これくらい日が落ちれば点くであろう見慣れた人工の光が無いと、どこか殺風景にも見える。



現代の一般人に情緒を解さないなどと言ったところで当然のこと。



日本人とはいえ、誰しも古都の風景に感嘆する訳ではないだろう。



素人目には美術品の価値などわからない。



それと同じだ。



偽物との区別もつかない。



ここが幕末の京の街を再現した、元の時代の街の一角だと言われたとしたら、俺はきっと信じてしまうだろう。



その方がよっぽど現実味もあるというものだ。



なんて信じてしまいたく、なる。



情緒は解さなくとも、俺の気分を沈めるには十分すぎるくらいの夕焼けだった。



知らなかった──風景の一つが、こんなにも人の心を操れるとは。



まあしかし。



殺風景だと思っていたこの景色も、人に触れると色が見えてきた。



ここへ来てから、どのくらい経ったのだろう。



元の時代にいた頃が、随分遠く感じる。



電子機器類のほとんどないこの時代でも、意外と生きるのには困らなかった。



不便ではあるが不可能ではなかった。



人間中心の時代を思えば、そりゃあ地球規模の問題も浮上するわけだ。



この時代の人たちは、将来の日本が人工の光や建物で埋め尽くされるなんて、考えてもないのだろう。



資源が有限であることも知っているまい。



エコだなんだ、という言葉すらないからな。



元の時代に帰ったら、生活が激変しそうだった。



元の時代に帰れたらの話だが。



今のところ、帰れる保証は全くといっていいほどない。



新撰組に入って、情報を求め奔走しているが、それにまつわる情報は未だに何一つ得られないままだ。



どころか、新撰組でいることに慣れが生じてしまっている始末である。



これからも、この人たちと。



この時代の、この街で。



俺は死ぬまで生きて──と。



そんな未来のシナリオが再生されようとしたその時。



「…………!!」



ちらりと、一瞬だけ見えた、横顔。



視界の端に捉えたその姿。



髪の色が違えど、あれは俺によく似ている。



まさかあれが───



「藤堂、平助……っ」



走り出す。



俺は、路地裏に姿を消した『奴』を追う。



失念していた──あんな平和なシナリオが、再生されるはずがない。



俺が現れるのとと入れ違うように姿を消した、『奴』──。



「くはははははっ」



「!?」



路地裏に入った瞬間、まとわりつくような湿っぽい嗤い声が、後ろで聞こえた。



慌てて振り返る。



前にいたはずなのに、いつの間に───



「───っ!」



考える暇もなく、俺をめがけて何か光るものが飛んできた。



左肩を掠めたそれは、短剣だった。



壁に突き刺さり、俺の足は止まる。



反射的に、突き刺さった短剣と別の方向へ足を踏み出したその時。



「なっ……!」



どす、と。



鈍い音が、先程よりも近くで聞こえた。
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