二人の『彼』
『彼』
桜の木に、もう花は無い。
春以外の桜とは、実に趣に欠ける。
桜の花は、春にしか生きられないのだ。
その代わりに、春になると満開に咲き誇り、人々の注目を浴びる。
そんな桜とは対照的に、俺は。
ただ花の咲かない植物をずるずると育てているようなものだ。
雑草のように逞しくもなく、つぼみのまま枯れてしまう植物を。
「……早いっすね」
桜の木の下には、既に『彼』がいた。
趣に欠けるはずの桜の木が背景なのに、妙に絵になっている。
何が俺と『彼』の違いを生むのだろう。
護りたいものは、同じだったはずなのに。
俺には出来なくて、『彼』には出来る。
「…………」
──じゃあ、一つだけお願いしてもいいかな。
──あの場所で、『彼』と話がしたいんだ。
この場所を選んだ理由は特に無いけれど、強いて言うなら、この木があるからだった。
樹齢何年とか、そういうのは全くわからないし、知ったところで実感も沸かないだろう。
だけど、この木が昔から生きてきて、この世界をこの場所から見守ってきていることはわかる。
そして、これからも見守っていくのだろう。
この木が、元の時代にまで存在するかはわからないけれど。
まあ、それは『未来』の話だ──この木は、『現在』をただ見守り『過去』を重ねていく。
だから、この時代の俺を、重ねておいて欲しかった。
俺ではないから。
ここにいるはずなのは。
新撰組にいるはずなのは。
彼女のそばにいるはずなのは。
俺は頭を下げる。
深く。
「先輩を、よろしくお願いします」
……ああ、と聞こえたその刹那。
砂嵐が、視界を覆う。
反射的に目を瞑るけれど、砂嵐は消えない。
心なしか、今までのものより頭痛は軽い気がする。
そっと、顔を上げて、目を開く。
『彼』が、優しく微笑んでいるのが見えた。
そして──
「し──篠宮くん!」
桜の木の後ろから、先輩が走ってくるのが見えた。
聞かれていたのかな、今の。
先輩の姿が完全に砂嵐で見えなくなる前に。
笑っておこう。
さようなら。
元気で、『彼』と生きててくれよ、先輩。
それと────