蜂蜜漬け紳士の食べ方

アキの沈黙は、流れ続けるクラシック音楽がほどよく空気を埋めてくれる。

中野は正面を向いたまま…というより、誰かこちらへ来るのを見つけたらしい。
顔つきは明らかに凍りついていて、良い予感など一つもしない。

その視線の先を辿り、彼女も同じく顔つきを強張らせてしまった。


「やあやあ、『月刊キャンバニスト』のご両人!」

大手を振って二人の元へやってきたのは、日本画家の太っちょ小河原だった。
すかさず中野が腰を深く曲げる。

「ご、ご無沙汰しております小河原先生。その節は大変お世話になりました」

「いやいや。
私なんかの話が君たちの雑誌の売り上げに大きく貢献できるならやぶさかではないよ。はっはっは」


本来ならば編集者の二人が先に小河原へ挨拶をすべきだったのだが、どうも今夜の画家は機嫌が良いらしい、取材したあの日よりずっとにこやかな笑顔を振りまいている。

二人は慌てて卓上へローストビーフの皿を置き、中野と共に両手をこまねく。


「せ、先生もこのパーティーに出席されていらしたんですね」とアキ。

「ああ~。伊達圭介の方から是非にと言われたもんでね。
私は日本画だから彼とは畑が違うし、付き合っている業界人も違うんだけどねぇ~。
まあ、良い機会だと思って、急遽スケジュールを空けてきたんだ」

肉付きの良い手に握られたシャンパングラスはもう大分中身が少なくなっていた。
彼がネチネチとした言葉を話す度、こちらへ匂ってくる甘ったるい香りも、シャンパンのそれと同じだ。
大分酔っているらしい。

自分のグラスが空に近いと知るなり、画家はスタッフへシャンパンの追加を頼んだ。


「しかしまあ、君も随分と化けるもんだねぇ~…」

小河原が中野を差し置き、アキへぼやいた。


「はいっ?」

思わず上ずったアキの声に、男は一層ニヤニヤと笑い出す。


「取材に来た時とまるで別人だよぉ」

その男の視線が明らかに自分へまとわりつくようなものだと知り、しかしアキは自分が出来うる限りの精いっぱいの笑顔で上手くかわした。


「あ、あー…あ、ありがとうございます。
こういう場には慣れてないもので、付け焼刃になってしまったんですが…」

「うんうん。いやあ、良いねえ。実に良い。
普段は地味なOLが、こういうパーティーになると美人に変わるっていうのもねぇ、なかなか」

「先生、そういえば。また新たな作品に挑戦されてると耳に挟んだのですが」中野がすかさず一言を入れる。


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