蜂蜜漬け紳士の食べ方

中野の一言に、小河原の視線がようやくアキから外れた。

「な~んだ。もう知れ渡っちゃってるの?どこの業界も噂が早くて嫌だねぇ、はっはっは。
実は先々月から新作にとりかかっていてね、これがまた今までとは違う作品になりそうで…」

ねちっこい発言の矢が、同期の頑張りによって反れた事に大きく安堵する。
普段は偉い先生に酔っぱらって絡まれるのは、編集者として一番面倒な事案だ。

そもそもこれが接待とか、そういう場であるならまだしも、今日は伊達主催(と銘打った)パーティーである。

アキが三度壇上に目をやると、まだ変わらず数人に囲まれている伊達が視界に混じった。

その距離は遠い。物理的にも、心理的にも。

アキの目が正しければ、伊達もまた同じように彼女の存在(と小河原)に気づいているはずだ。

それともたまたまこちらの方向を向いているだけなのか…。
恐らく後者だ、とアキは無理やりに視線の繋がりを断ち切った。


「やあ中野くん。お久しぶり」

小河原の話に穏やかな声がねじ込まれた。

伊達とも中野とも違う柔らかな男の声に、彼女は顔をあげる。
目尻が優しい、いかにも上流階級の気品が漂うような初老の男性だった。


「お久しぶりです、氏家先生!」

小河原との相手はうんざりだと言わんばかりに、その新しい話者に中野の表情が明るくなる。

氏家と呼ばれた初老の男性は、光沢のある黒いスーツはすんなりとした体形をうまくコーディネートしていて、正直小河原よりずっとセンスが良い。
胸元にあるコサージュから、取材陣ではなく、彼は美術関係者であることを知った。
混じった白髪も、この風貌ならオシャレの一つとして受け入れそうなほどだ。

「小河原先生と何やら楽しそうなお話をされているから、混ぜてもらいたくてね。
君はどうだい、その後は?」

「ええ、おかげ様で。先生の発表された作品、拝見させて頂いております」

「はは。もうジジイに足を突っ込んでるような男の機嫌を取っても大して楽しく無いだろうよ…。
そちらの女性は?」

「同じく月刊キャンバニストの編集者です」

アキは氏家に会釈をすると、彼もまた穏やかな笑みで応えてくれた。


「初めまして。桜井と申します」

「どうも。それにしても小河原先生も中野くんと親しいとは知りませんでしたな。
何か以前に取材でも?」


氏家の言葉先が小河原に向くなり、中野はヒソリと声を落とす。


「桜井。お前、俺が小河原先生と話してるからその間、氏家先生と一緒にここを離れろ」

「え。私、氏家先生と初対面なんだけど」

「馬鹿、さっきの態度見たろ?セクハラオヤジ、そのまんまじゃねえか。
セクハラの相手させられるのと、初対面の先生の相手するの、どっちがいいんだよ」

「後者一択」

「だろ?氏家先生は別に悪い人じゃないし、ヘタな人よりずっと紳士的だから…。
あっ、小河原先生、先程の新作のお話ですが…」

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