蜂蜜漬け紳士の食べ方

中野が小河原へ声をかけると同時。
アキはすかさず、氏家の手元のグラスを見て声を上げた。

「あっ、氏家先生。何かお飲み物はいかがですか」

「ん?ああ…そうだねぇ、どんなのがあるかな」

「あそこの卓上にメニューがあるみたいです。ぜひご一緒に」

空になったグラスを会話の糸口にし、アキは実にスムーズにその場を離れる事に成功した。
中野という身代わりをおきざりに。

同期が『紳士的』と言うように、氏家は何の嫌味もなく、一緒に別の卓上へ足を運んでくれた。アキのぎこちない案内にも関わらず。


「氏家先生は何がお好きですか」

卓上に置かれたメニューを手に取り、氏家が唸った。
近くに来ると、オーデコロンの匂いが鼻をくすぐる。


「うーん、そうだねぇ…プライベートではよくワインを嗜んでいるけれど、結局アルコールなら何でもいいかなぁ」

桜井さんは何か飲まないのかな?と彼が笑う。実に屈託のない笑顔だ。


「いえ、私はお酒があまり得意ではないので」

「ふうん、そう。苦いから?」

「それもありますけれど」

「もったいないねぇ、お酒の世界を知ればもっと夜の付き合いも楽になるよ?」


なかなかの真理をついた一言だ。

「まあ、それなら今夜勉強していくといい。
アルコール度数が低いカクテルを紹介しよう。甘いのはお好きかな?」

「はい。甘いのなら…」

「あ、君、ちょっと」

氏家が手慣れた様子でスタッフを呼びつける。


「ロングアイランドアイスティーは出来るかな?」

「ええ、可能でございます」

「ではそれを彼女に」

「かしこまりました」


「アイスティー、ですか?カクテルじゃなくて…?」

「いやいや、れっきとしたカクテルさ。
これは面白いカクテルでね。
紅茶のリキュールを一滴も使わず、コーラやレモンリキュールなんかでアイスティーそっくりの味を模したものなんだよ」

その説明だけで、彼女の好奇心はこの上なく刺激された。
スタッフに運ばれてきたグラスには、まさしく紅茶そのものの琥珀色が注がれている。


「さあ、どうぞ。口当たりもいいと思うよ」


一口飲んで、アキは今日一番の笑顔を弾かせた。


「本当、アイスティーそっくりです!美味しい!」

「ははは、そうだろう?」

「これなら私でも飲めます」

二口目も、やはり甘くすんなりと喉を滑り落ちていく。


「私も中野くんと飲むより、君のような若い女性と酒を酌み交わした方がずっと楽しいからねぇ」


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