蜂蜜漬け紳士の食べ方
「込み入った話、ですか?」
氏家のコロンが再びふわりとアキの鼻をかすめた。
初老の彼の目尻が皺を深くするのと同時に、その口端は穏やかに緩む。
「そう。編集者の君としては美味しい話、とでも言えばいいかな。
桜井さんのおかげで私も楽しい時間を過ごせたからね」
男の視線が、アキの胸元に飾られたクリーム色のリボンへと移っていく。
「…代金は、そうだな、カクテル1杯を飲み干す時間で」
「この上の階にバーがあるんですか」
「なかなかに評判が良いところなんだ。若い女性にも受けているって聞いたよ」
氏家の提案を曖昧にうなづきながら、しかしアキの脳内は激しく葛藤していた。
この先生…氏家は確かに紳士的ながら、明らかに「自分と二人で飲みに付き合って欲しい」という誘っているだけだ。
そんな『編集者に美味しい話』を、初対面から数時間の編集者へするメリットなど彼には一つもない。
とはいえ、この先生との今後の為にも少し媚びを売っていた方がいいかもしれないし…。
チラと、遠く中野の方を見てみると、彼はまだ酔っぱらった小河原に捕まっていた。
その哀れな姿を見てしまうと、せめて自分の方で『別の収穫』を手にしていきたい気もする。せめてもの罪滅ぼしに。
「私で良ければ、是非」
結局、アキの中で仕事の天秤が大きく傾いた結果となった。
ぎこちなく笑顔を作れば、氏家は満足そうに頷いてみせる。「じゃあ早速行こうか」と。
開場から数時間経ったパーティー会場には、どことなくアルコールの気配が充満していて、そこから二人が抜けても何の違和感もなかった。
事実、中野ですらアキの動向には気付けなかったのだから。
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