蜂蜜漬け紳士の食べ方
アレキサンダーを二口飲んだところで、アキはようやく自分の変化を知った。
頬が熱く火照り始めている。やはり飲みすぎたようだ。
さっきは恐らく、パーティー会場の熱気にあてられて気がつかなかったのだろう。
「飲みやすいカクテルだろう、アレキサンダーは」氏家が快活に笑う。
「ええ。美味しいです」
ふう、と吐き出した息も何だかアルコールで熱くなっている気がする。
とりあえず今日はこの1杯で終了しよう、アキは決意の三口目を飲み込んだ。
「…それで、桜井さん」
穏やかなジャズが耳に触れる。
「さっきの話だけどね、うん、君達の編集部ではスキャンダルか何か、そういうのは扱っているかな?」
「いえ、そういうコンセプトの雑誌ではないので…」
「ふうん、そうなの」
氏家はゆっくりと微笑んだ。目線を隣席のアキに合わせたまま。
それと同時。自分の太ももに感じた手のひらに、アキは唇を引きつらせた。
露骨な身体接触だった。
「君が良かったらね、この後…」
「これはずいぶんと楽しそうですね」
とろけ始めた脳に、穏やかな、しかしフロアに染みる冷静な声が耳に届く。
バーテンダーの声ではないそれに、アキが振り返る。
「……やあ、これはこれは伊達先生」
氏家が、彼女の背後に立つ人物を見るなり含み笑いをしてみせる。
パーティー会場の主役が、なぜかそこに立っていたのだ。
もちろんアキの思考は簡単に停止する。
思いもよらないタイミングでの恋人の登場に、ただカクテルグラスの足を握るだけ。
恋人は、きらびやかな壇上で見た時と全く違った表情。
───言うなれば。明らかに不機嫌だった。
「…ところで、お二人で何を?」
アキにしか分からない、けれどアキには充分分かるほど、刺々しい口調。
初めて彼と取材で会った時とはまた違う、人を攻撃しようとしている声色だ。
伊達の隠れた不機嫌をもちろん知らない氏家が返す。
「ああ、彼女に少し付き合ってもらっていたんですよ。
私のような初老のオジサンのお相手を買って出てくれてね」
やもすれば誤解を受けそうな氏家の発言に、しかしアキは口を出せなかった。
それくらいに、目の前の伊達は威圧感があったのだ。
「そうでしたか。これは失礼。
しかし桜井さん、私への取材の時間が近いはずだが」
「えっ」
「どうも電話がつながらない、と君の同僚が探していた。
たまたま私がここへ来たからいいものの」
少し編集者としての自覚が足りないのでは?と伊達からの指摘が鋭く飛ぶ。
だがしかし。
今夜のパーティーに、伊達への取材は一切絡んでいないはずだった。
「一度同僚の方に連絡をしておきなさい」
「あっ、は、はい…すみません氏家先生、失礼致します」
「いやいや、どうもありがとう。また次の機会にね」
慌ててアキはカウンターの椅子を降り、一礼する。
伊達はそれを横目に、先にエレベーターに乗り込んでしまい、その後に続くようにアキも同じ箱へ乗り込んだ。
足元がふわふわと覚束なかったのは、果たしてフロアの絨毯が柔らかいせいなのだろうか、それとも。
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