蜂蜜漬け紳士の食べ方

アキは再び視線を上げた。
前髪の乱れた彼の目には、ただただ驚くだけの彼女が映る。


「終わるって、何をですか」

「もともと無理だったんだ」

「…伊達さん、あの」

「私と君とでは年の差が有りすぎる」

「でも」

「君だって、私みたいなおじさんより若い子の方が良いだろう。
ほら、…君の同期の、ナカノという子とか」


この人は、何を、言っているんだろう。

次々とぼやかれる言葉に、アキはそれを正面で受け止めるだけで精いっぱいだった。
いや、それよりも…。


「今まで私に付き合わせて悪かったね。…でもそれももう終わりだから」

どうしてこの人は。
自分から別れを切りだしているくせに、どうしてこんなに泣きそうな表情をしているんだろうか。

暗くても、分かる。
薄明るい窓の外の光に慣れた目に映る、少し下がった眉、そして曖昧に笑うだけの口元が。



「……伊達さん、あの」

アキが言葉を口にする前に、伊達はようやく視線を伏せ、その束縛をそっと解いた。


「別れたからといって、君と編集部に不利益になることは一切しないと約束するよ」

さあここから出ていけと言わんばかりに肩を柔らかく押された。
久しぶりに感じた恋人の体温は、皮肉にも少し冷えていた。


「ちょっと待って下さい…私まだ何も……、伊達さん!」


彼女はとっさに、伊達の胸を押し返す。
今までに無く乱暴に、力強く。

しかしどうも現実とはうまく行かないもので、急な目眩が彼女を襲う。
明らかに先程のカクテルが回ってきた。

アキは扉を背にしたまま、床へと座り込んだ。
慌てて彼もしゃがみこむ。


「大丈夫かい、吐きそう?」


ぐるぐると視界が回るような不快感の中、彼女は眉をしかめたまま首を横に振る。


「きっと酒が回ってきたんだな…とりあえずソファに座ろう、おいで」


彼女の青白い顔を覗き込む彼には、もう先程のような冷たさは無かった。


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