蜂蜜漬け紳士の食べ方

伊達に軽々と脇から抱きかかえられ、彼女の体はやたら大きなソファへと降ろされた。
こんな状態でなければ、アキはソファの豪華さや座り心地の良さには気付いたのだろうが。


「水でも持ってこよう」


奇しくも、こんなタイミングであっという間に戻った『いつもの二人の空気』に、アキはただぼんやりと浸かっていた。
けれどぼやける頭の中に浮かぶのは、あの言葉一つだけだった。


──── ファンのままでいた方が良かったのかしら。


その言葉は今夜に限らず、ずっとずっと考えていたこと。


自分よりずっと魅力的な女性をモデルにすると彼が決めた時から、
週刊誌の野卑な記事を目にした時から、
迷惑がかかるかもしれないと、自分の素直な気持ちを彼に伝えなくなってしまった時から。


──── ファンのままでいた方が良かったのかしら。


「………」


悪い癖だ。
人よりずっと物事を暗く考え込んでしまうのに、それを体の外へ出そうとしない。
淀んだ気持ちをそのまま心の中へ押し込んで、そしてまた黒い思考を身にまとわせて…。


「アキ。飲めるかい」


伊達から、1杯のグラスを差し出された。

しかしアキは、彼の手からグラスを受け取らなかった。

そこに並々と注がれた冷水には何も映らない。
渇いた唇にはずいぶんと濃厚なアルコールの残り香がまとわりついていて
それを水で洗い流してしまったら、もう何も言えない気がした。


悪い癖は、いつまで悪い癖として持っていればいいのだろうか。


もう、酒の力を借りようが、何でもいい───。


伊達さん、と彼女が小さく呟いた。
グラスの中の水面が微かに揺らめく。

悪い癖なんか、もういらない───。




「私…ファンのままでいた方が良かったなんて、思いたくないんです」



意を決した一言が、彼女の唇からほろりと滑り落ちた。
ずっと心に留めていたものが崩れていく。


「ほ…本当は二人でいる時もずっとドキドキして、
だから自分の格好悪いところは見せたくなくて」



「でも、モデルの人と一緒にご飯食べに行って欲しくない、って言えなくて
記事の事もね、聞きたくても聞けなくて、
責めたくても責めたら伊達さんに嫌われるんじゃないかって、
きっと私じゃ、伊達さんに似合わないんじゃないかって思って」



情けなくも、言葉より先にアキへ形成していくのは涙だった。

分かっている。
こんな場面で泣く女なんて、面倒臭いだけだと知っている。



「伊達さんが好きなのに」


けれど涙は、もう瞬き一つで払えるほどふるりと滲んでいく。



「私がヤキモチ、焼いたら、伊達さんが困るんじゃないかって」


何かが代わりに溶けていくように。


「でも、やっぱり、ファンでいた方が良かったなんて、思いたくないんです」


「だから、もう終わりにしようなんて、…言わないで下さい」


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