蜂蜜漬け紳士の食べ方
ぽとり、と涙が一粒落ちた。
それはあっという間にブルーのドレスへ染み込み、同色へと変わっていった。
彼女の呼吸が震える。
必死に、これ以上泣かないようにと、必死に整える息は震えたまま。
そこに一つ、伊達の溜め息が重なった。
長い長い、けれどアキと同じように何かを我慢するような溜め息。
その溜め息の中に「…アキ」と、微かな声が混じった。
呼びかけられても、アキは正面にしゃがむ伊達を見つめ直すことは出来ない。
視線を肌に感じても、顔が上げられない。
「オオシマさんの件は…あのネタを週刊誌へ売ったのは、スポンサーなんだ」
しかしアキが俯いたままでも、彼は話を止めなかった。
「おそらく話題作りに提供したのだろう。そういうやり方は昔から聞いた事があったし、あのモデルとはやましい事はしていない。
だから私自身に後ろめたい気持ちが無ければ、記事になど、何も動じる必要はないと思っていた。
…週刊誌を見た君が私を責めなかったのも、それを理解してくれているからだろうと……」
「………」
「けれど、…私が悪かった。きちんと君に、……真っ先に大事な子へ説明するべきだった」
「アキは…嫌だった?
俺が、あの子のモデルデッサンをずっとやっていたこと…一緒に食事をしたことが」
アキは頷いた。
その小さな子の様な頷きに、また一粒、涙が落ちていく。
「でも、それを言えなくて我慢していたの?」
また、一粒。
同じようにブルードレスに涙が染み込んでいき、しかし彼からの言葉はそれ以上無かった。
代わりにひどく長い長い間があって。
彼がそっとテーブルへ水のグラスを置いた音が響くほどに、長い間があって。
伊達は何を思ったのか、急に立ち上がり、部屋の隅へ向かう。
バタン。
大きく部屋へ響いたのは、彼女の勘違いで無ければ冷蔵庫の開閉音だ。
再びアキの正面にしゃがんだ彼の手にあったのは、深い琥珀色のボトル。
ウィスキーの瓶だ。
伊達は俯いたまま、新品のそれを乱暴に開け──
そして何のためらいもなく、大きく瓶を直接煽った。
「ちょっと、伊達さん!」
アキの止めは虚しく、彼の喉仏が大きくゴクリと一度動く。
「そんなに一気に飲んじゃ危ないです!」
2口。
「伊達さん、何してるんですか!」
3口───。
アキは最早自分の体調不良など構わず、伊達が引き続き飲み下そうとする瓶を乱暴に奪いあげた。
ウィスキーの原酒なんて一気に飲んでしまったら、アルコール中毒になってしまうかもしれない。
アキは、奪ったボトルに怒りを込めて床へ置く。
「急に何でウィスキーなんか…」
対する伊達は、むせかえるアルコールの刺激に咳き込んだ。
正面のアキにすら届く強い刺激臭。
甘党のはずの画家が、首を項垂れる。
もう既にアルコールが回ってしまったのだろうか。
アキは慌ててソファから降り、俯いたままの伊達の肩を揺すぶった。
「大丈夫ですか、あの、これ、水……」
テーブルへ置かれたままのグラスを手に取るのと同時。
伊達がぼそりと一言、呟いた。
「…ごめん」と。
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