噎せかえる程に甘いその香りは
下世話な口笛を聞きながら彼等の視線を辿って、確かにと納得する。
俺達の居る居酒屋から道路を隔てた結構高級な小料理屋に車を乗り付けて現れたのは我が会社社長。
一度体調を崩されてから杖を突いているものの、社長たるオーラは未だ健在だ。
そして彼を気遣うように寄り添う社長夫人。
―――そして。
副社長とその恋人である菊池雛子さん。
二人の仲は両家も認める所であり今更羞恥もないのか両親の目の前にも関わらず手を繋ぎ、時折愛おしそうな視線を合わせている。
傍から見ればウンザリするようなイチャつきっぷりを人事のように見詰めていた俺は突如はっとして視線を周囲に向けた。
そして心臓が軋むような音を上げた。
佇む社員たちに塗れるようにして立っていた仄はいつも以上に表情を削ぎ落していた。
元より白い肌は血の気を失い
なのに彼等を凝視するその瞳は奥に渦巻く感情に揺らめいていて。
胸元で握られた拳は色が白くなるほどにキツク握りしめられて小刻みに震えていた。
俺の視線にはっとした仄は弾かれたように顔を反らした。
その瞬間俺は仄の腕を掴み、周囲が社長達に気を取られている隙を突いてその場から出た。
『葵さ……課長っ…!』
誰の目にも止まらぬような路地裏に来て、俺の強引な行動に戸惑う仄の唇を無理矢理塞いだ。
『そんな顔…するなよっ。そんなもの欲しそうな目で、アイツを見るな!』
心臓を握り潰されるような息苦しさから吐き出したセリフは、かつての自分に向けた言葉だったのかもしれない。
欲しくて欲しくて―――
我武者羅に手を伸ばすのに、欲しい者は幻影のように消え失せて、決して手に入る事は無い。
分かっていて手を伸ばし、絶望を繰り返す。
なんて哀れで滑稽なのかと自覚していても……。