コトノハの園で
「菜々ちゃん――」
桜ちゃんが再度、その名前を口にする。
「っ」
何も変わったことなどない。おかしいのは、僕だけ。
「菜々ちゃん、さっき本を返しに来たんだよ。返却ボックスに入れてすぐ帰っちゃった。急ぐからって」
「っ、そうですか」
「えらい速さで走って帰ってったぞ。そんなに急ぐ用があるなら別の日にすればいいのにな。この図書館、そんなに返却の取立て厳しいのかよ」
訳知り顔で健人が言う。
「……真面目な人なんだよ」
「そうだよっ! 菜々ちゃんはそういう子なの、渋谷さんっ」
桜ちゃんの支援も加わると、健人はもう余計なことは言わなくなってくれた。代わりに、桜ちゃんに深町さんとはどんな人なのかを教えられ続けている。
「菜々ちゃんはね――」
いつも同じ飲み物をコンビニで買っていて、もうそれは十年以上続いていてまだ飽きないらしいとか、いつも甘い匂いがして美味しそうだとか、小さくて守ってあげたい印象だけれど、それは見えている外見だけで、良い意味で中身は違う。でも勿体ないから教えてあげないとか、触るとすごく柔らかいだとか、……リアクションに困ることばかりを桜ちゃんは述べていく。
「へぇ、そうなんだ。ちっこくて踏み潰しそうなだけの子じゃないってことは良く分かったよ。な? 透――って、オマエは知ってたか」
「……」
今日の健人は、機嫌が良くて、意地が悪かった。