僕と、君と、鉄屑と。
「ね、チュウ、して」
麗子は鶏肉で手がベタベタになった俺に、ちょっとおどけて、唇を突き出した。
「今?」
「うん」
キスをしようとした俺の視界にふと、祐輔が残したお茶の入った、マグカップがよぎった。
「ダメ」
「えー、どうして?」
「うがい、してないから。インフルエンザ、あったら大変だろ?」
麗子は、つまんない、と拗ねた顔をした。
「村井、よく来るのか?」
「今日はたまたま。ちょっと用があって電話したら、近くにいるからって、お買い物につきあってもらったの」
 祐輔は、この部屋を見て、どう思ったのだろう。会議がなくなって、祐輔の部屋ではなく、ここに帰って来た俺を、どう思ったのだろう。
「お前の世話は、女の子の秘書をつけるよ」
「え? どうして?」
「村井は、男だから」
「村井さんのこと、信用してないの? ひどい、それ」
「そうじゃなくて……俺のいない時に、男が出入りするのは、その、誤解されるかもしれないだろ」
「まあ、それも、そうね」
そんなことは、どうでもいい。俺はこれ以上、祐輔を傷つけることは、したくない。
「……時々、そんな顔するね」
隣で、麗子が寂しそうな顔をしている。麗子には、俺の心の中が見えているんだろうか。
「何か悩み事があるなら、話して欲しいな」
「ごめん、なんでもないんだ」
「ウソ」
「着替えてくるよ。うがいも、してくる」
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