僕と、君と、鉄屑と。
 そして、最後の、懺悔をする。

「麗子、俺は、何もできないんだ」
「うん」
「あの会社は、俺のものじゃない。村井が……祐輔が、作って、大きくしたんだ。俺はただの……看板なんだ」
「薄々、わかってたよ。だって直輝、全然仕事に興味ないもん。経済誌も、ニュースも見ないもん」
「疲れていたんだ、もう。ずっと、偽っていた。本当の俺は、もう、どこにもいなくなりかけてた」
 本当に、俺は、もう、疲れていた。祐輔のためだけに、いや、本当の俺を晒すのが怖くて、ずっと演じてきた俺は、もう、疲れ切っていた。でも、それは祐輔の罪じゃない。俺が弱いから。弱い人間だから。
 俺は結局、祐輔を救えなかった。何も、祐輔にしてやることは、できなかった。最後はこうして、祐輔を、傷つけてしまった。いや、ずっと、傷つけていた。俺以上に、祐輔は、傷つき、疲弊していた。
 だからもう……
「お前といる時だけが、本当の自分でいられる」
「まだ、本当じゃないじゃん。社長なんて、ウソじゃん」
麗子は、背中を向けたまま、そう言った。
「本当の俺に、戻りたいんだ」
「今はね、CAのパートタイマーもあるんだよ」
麗子……お前も俺を、甘えさせてくれるんだな……
「家事は、得意だよ。たぶん、料理は……結構上手い」
「もう、それ、どういう意味?」
「そういう、意味」
 麗子は、大きな腹を庇いながら、俺に向き直った。俺を見るその目は、まだ涙で濡れていて、でも、笑っていた。無理な笑顔じゃなくて、本当に、素直に、笑っていた。
「チュウ、して」
俺は、麗子の腹の中にいる子供にキスをして、そして、麗子の唇に、キスをした。
「あ、蹴った」
「どこ?」
「ほら、また。あっ、イタタ……元気だね、この子。やっぱり、男の子かな」
「男の子でも、女の子でも、元気で生まれてきてくれたら、それでいい」
麗子の腹の中の子供は、俺達の子供は、麗子の腹の中で、元気に動いている。生きている。俺はもう、それだけでいい。麗子と、この子がいれば、もう、それでいい。
「もう少し、寝るか?」
「一緒に、いてくれる?」
「ああ、いるよ、ずっと。ずっと、永遠に」
 俺は麗子の手を握った。麗子も俺の手を握った。俺達は、お互いの手を、もう二度と離さない。俺達はやっと、本当の夫婦になった。そしてこれで、俺は、本当の父親に、なれる。
 
 もう、自分を、麗子を、生まれてくる子供を、偽ることはしない。
 祐輔を、もう、偽ることは、できない。
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