僕と、君と、鉄屑と。

(2)

 麗子は三日ほどの入院で、無事退院し、俺は、一週間ぶりに、祐輔の部屋へ、帰った。座り慣れたこのソファに向かいには、冷淡な目の、祐輔がいる。
「僕も、君に話がある」
「ああ。先に言ってくれ」
「君は随分、俗的に堕ちてしまった」
 祐輔は、オフィスでの祐輔のように、冷たく、冷静に、言った。
「僕は俗的なものが嫌いなんだ」
「そうだったな」
「あんな薄汚い女に本気になるなんて、僕は君に失望したよ」
「すまない。この罪は、一生……」
「その、罪だとか、そういうのも、僕は好きじゃなかった。そもそも、この世に神なんていない。君が何かにつけて、その鉄屑を握りしめてブツブツいう姿が、僕はずっと、気に入らなかった」
 祐輔は立ち上がり、背中を向け、窓の外を見下ろしている。
「はっきり言おう。僕達の関係は、もうとっくに、終わっていたんだよ。僕は君を利用していた。僕のビジネスを成功させるためにね。世間知らずで、無能で、バカ正直な君は、ほいほい僕のシナリオに乗って、バカな女を抱いたり、下世話な人間の集まりに行ったり、下品な風体で、まったく、僕は君が本当に知能を持っているのか、疑いたくなっていたよ」
「祐輔、俺は本当に、お前を愛していたんだ」
「愛? 君はどこまでお花畑なんだ。そんな俗的なもの、僕には必要ないんだよ。利用できそうな人間だったから、僕は君に近づいた。君との関係を明かさなかったのも、そのためだ。それなのに、君ときたら。まあ、君の体は僕の好みではあるからね。性欲の処理としては、充分に用をなしていたけれど」
祐輔はそこまで言うと、振り返り、鞄の中から、書類を一枚、俺の前に出した。
「次の取締役会で、君の解任要求をする」
祐輔……お前……
「そろそろ、僕が社長になって、本格的に世界進出を図りたいからね。もうお飾りの社長はいらないんだ」
……ありがとう。
「この部屋にあるものは、僕が処分させてもらう。あのマンションも、引き渡してもらう。まあ、そうだね、君には、相当の退職金を出そう。間違っても、提訴なんてしないでくれよ。そもそも、君にそんな知能があるとは思えないが」
「お前に、任せるよ」
 目の前の祐輔は、『室長 村井祐輔』を、自分の書いたシナリオを、精一杯、演じている。だから俺も、最後まで、祐輔のシナリオを演じる。俺達は、俺達の弱さを、演じることで、隠している。
「ああ、そうだ。山奥でフリースクールなんてものをやってる知り合いがいてね。寄付をしてくれとしつこいから、君の名義で、幾分かしておいたよ。しかし、どうやら教員が足りないらしい。まったく、金にならないような仕事をする人間なんて、僕には、バカにしか見えないんだが。まあ、うちは人材派遣会社だからね、今後の取引も考慮して、君のことを、少しばかり話しておいたよ。どうやら、君のような、愛だとか罪だとかを信じている、くだらない人間の集まりの場所のようだから、俗的な君にはぴったりだろう」
そう言って、祐輔は、テーブルに封筒を投げた。少しはみ出した中の書類は、フリースクールのパンフレットと、A4のコピー用紙にぎっしり書かれた、野間直輝の、経歴書だった。
「悪いが、君の話は聞く必要がない。もう、出ていってくれないかな。この部屋が俗的な空気に汚されるのが耐えられない」
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