僕と、君と、鉄屑と。
 祐輔は、立ち上がって、背中を向けた。いつも、こうするんだ。祐輔は、顔を見られたくない時は、目をのぞかれたくない時は、心の中を知られたくない時は、こうして、背中を向けて、窓の下を見る。ガラスに映る祐輔は、必死で、唇を噛み締めて、涙を、堪えている。
 ああ、やっぱり、俺はダメな男だ。やっぱり、最後まで、お前のシナリオを演じきることができない。せっかくお前が、こんなに最高のシナリオを書いてくれたのに、俺は、やっぱり、なあ、祐輔。やっぱり、俺は、最後くらいは、本当の俺に、戻らせてくれないか。このまま、お前と離れてしまうのは、この弱い愚かな俺には、どうしてもできないんだ。
「ごめんな」
抱きしめた祐輔の体は、出会った頃と変わらずに痩せていて、色白で、変わったのは、きっと、髪の色くらいで、繊細で、優しい、祐輔のままだった。
「汚らわしい」
「祐輔……」
「早く出て行きたまえ」
「許されるとは、思っていない」
「……君の俗的な醜い顔など、見たくない。早く、僕の前から消えてくれないか」
抱きしめた手の甲が、濡れた。
「出て行けよ! 腹を無様に膨らませた、あの薄汚い女のところに行けよ! 早く行けよ! 不幸になれ! お前らなんか、不幸になれ! 二人で……三人で、地獄でもどこにでもいくがいい!」
「……まだ、言ってなかったな……麗子を、子供を助けてくれて……ありがとう」
「僕は下劣な記事の流出を防いだだけだ」
「幸せだった、祐輔……本当に、愛してた」
 祐輔はもう、何も言わなかった。だから俺は、手を離した。
 部屋の鍵をキーケースから外し、テーブルに、置いた。かちゃん、と金属音がして、ずっと過ごしたリビングは、まるで、全く知らない、他人の部屋のようだった。
「さよなら、直輝」
祐輔は背中のまま、呟いた。
「さよなら、祐輔」
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