僕と、君と、鉄屑と。
 俺は、リビングのドアを閉め、玄関のドアを閉めた。きっと、泣くんだろう。祐輔は、きっと、泣く。一人で、あのベッドで、泣く。もう、俺は、どうすることもできない。俺はもう、祐輔を、恋人として、愛することがきない。いや、もう、愛しては、いなかった。でも祐輔は、最後まで、俺を、祐輔のシナリオの『野間直輝』のままで、終わらせてくれた。俺の罪を、全て、その細い背中に、背負ってくれた。
 見上げると、俺達の世界は、いつの間にか、高層マンションになっていて、あの、八畳のワンルームのアパートで、狭いベッドで、愛し合った日々はもう、遠い記憶でしかなくなっていた。俺達の愛は、いつの間にか、すれ違ってしまっていた。でも、俺は、祐輔を愛していた。麗子という女が現れなければ、きっと俺は、一生、祐輔を愛していた。それが本当に、祐輔のためだったのか、祐輔にとって本当の幸せだったのか、それはわからない。ただ一つ言えることは、後悔はしていない。祐輔と愛し合い、全く別人の俺を演じてきたことに、後悔はしていない。祐輔と出会わなければ、麗子にも出会わなかった。俺は、友として、一人の人間として、やはり、ずっと、祐輔を愛し続ける。そうすることで、俺は、祐輔がいつか、彼の求める愛に触れ、本当に救われる時を、祈り続ける。

「ありがとう、祐輔」

 見上げた部屋の灯りに呟き、麗子に電話をかけた。
「今から、帰るよ」
「……うん。待ってる」
麗子は少し鼻声だった。泣いていたのかもしれない。そして、俺も、鼻声で、俺達は、二人で、鼻を啜った。
「今日の、晩飯、何?」
「肉じゃがだよ。お料理教室で、習ったの」
「そうか、楽しみだな」
「直輝」
「うん?」
「本当のあなたに、戻れた?」
「ああ。戻してくれたよ、祐輔が」
「やっぱり、優しいね、村井さん」
その言葉に、俺は、涙が止まらなくなって、電話の向こうの麗子も、きっと、涙が止まらなくなって、ふと、窓を見上げると、カーテンの隙間から、祐輔が見えた気がした。
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