僕と、君と、鉄屑と。
 しかし、最後が気に入らない。
『私事とはなるが、私は、退任後の野間氏を取材すべく、彼に会いに行った。彼は今、在任中に運営資金を寄付した、某フリースクールの教員をしているという。退任より二ヶ月も経っていないというのに、彼は随分容貌が変化していた。かつては、数多の女性と浮名を流し、トレンドの最先端を走っていた彼が、ヘアワックスもつけない髪と、ファストファッションのTシャツに短パンで現れたのだ。このように書くと、読者の皆様は、彼が都落ちした落ち武者のような生活を送っていると思われるだろうが、まるで、その反対である。彼は、ギスギスしたビジネス界を離れ、なんとも、人間臭く、かえって輝きを増していたのだ。
 彼は今、心に傷を負った少年少女と、愛妻麗子夫人と、雄大な自然の中で、生きている。間もなく、第一子が生まれるそうだ。彼は幸せそうに、満面の笑みで、私に語ってくれた。『今の僕と、妻があるのは、すべて村井くんのおかげなんですよ』と。私は、きっと、野間氏は、村井氏のことを恨んでいるだろうと思っていた。その恨み辛みを聞きたくて、書きたくて、彼に会いに行った。 
 そんな野間夫妻の笑顔を見て、ふと、自分がジャーナリストを志した若き日のことを、思い出した。私は、誰かを傷つけるためにジャーナリストを志したわけではない。このペンで、悪に立ち向かい、誰かを笑顔にするために、ジャーナリストになったはずだった。この五年間、遮二無二、野間氏と村井氏を追ってきた。彼らの成功と希望を壊すために、私は彼らを追い詰めてきた。何をしていたのか。私は一体、何をしているのか。
 この記事を最後に、私は、もう一度、自分の志す『ジャーナリスト』を目指したいと思う。野間夫妻のような笑顔を求めて、私は、この狭いビジネス界から、旅立ちたいと思う。(関口和真)』
 やはり、三流記者だった。こんな人情劇、今時、誰が喜ぶというのか。くだらないな。彼にはもう少し、僕のシナリオ進行を手伝わせるつもりだったのだが。
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