今宵、月が愛でる物語
「…来栖だろ?こっち向けよ。」

肩に手がかかり、促されるままそっと振り向かせられると俯いていた顔をそっと持ち上げられ視線が合う。

「………なんで泣いてんだ?ちゃんと約束したろ?」

「…だ…って、いなかったから……。」

言い訳は、自分でも随分子供じみてると思った。

「いなかったって………。ごめん。どこにいるかわかんないから歩き回ってた。

向こうにも、開けたトコあるだろ?」

「………………?」

一瞬、思考が止まってしまった私を、先生は訝しげに見つめる。

「………来栖、お前もしかしてココしか知らなかったの?」

「……………?」

そう言われれば前にここに来たのは小学生の頃だ。この広場で、親と友達と一緒に花火をした。

「あ…、えっと。そう…かも。」

「………………なるほど。…ふっ。」

呆れ顔の先生は一転、笑顔を浮かべてポンポンと頭に手を置いた。



私が好きになった、くしゃりとした笑顔。



その瞬間、感じたことがない感覚に胸が包まれた。


大好きというか、


切ないというか、


胸が締め付けられるというか、


欲しいというか、


なんとも言えない、感覚。


「せんせ、…楷先生。私………っ!?」


想いを全て伝えようとしたのに、突然スッと伸びた人差し指に唇を押さえられ驚いてしまう。

「ちょっと待て。」

先生は静かな声で、諭すように私の言葉を止めた。唇に触れるその指先は冷たい空気のせいで冷えていて。

「………?」

「俺はもう、お前の『先生』じゃない。

言ったろ?

お前を貰うって。」

ドキンと、一際大きく胸が鳴り、伝わる冷たさとは裏腹に熱くなる。

「………は、い。」

唇から離れた手はそのままゆっくりと頬を伝い、アクアマリンのドロップ型のピアスをシャラリと弾いて後頭部を支えるように添えられた。


「美妃。

今からお前は俺の『特別な女』だ。

待っててくれてありがとう。

俺もずっと、お前が欲しかった。

……………好きだよ。」


間近に迫るキスの予感に、顔は火照って熱く、心臓は破裂しそうだった。


彼の背後斜め上に見える月は何だか私たちをやんやと囃し立てている気がして…



それを見ないように、



恥ずかしさを隠すように、



ぎゅっと、目を閉じた。



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