最後の恋にしたいから
「いえ……。楠葉(くすは)町なんです。ご存知ですか?」

そう答えると、課長は眉をしかめた。

「楠葉町って、ここからだと少し遠いじゃないか。どうやって帰るつもりなんだよ」

口調もきつく、本気で怒っている感じに、こちらは若干戸惑い気味だ。

普段から親しい人ならまだしも、全然口をきかない上司が、ここまで言ってくるなんて……。

その雰囲気が課長に伝わったのか、ハッとしたように途端に口をつむいだ。

「ごめん。余計なお世話だよな。ただ、夜は物騒だし、こんな雨だし。それに、その格好でウロウロするのは、やっぱり危ないと思う……」

「はい……。そうですよね」

なんだか、本当に心配をさせているみたいで申し訳ない。

バツ悪く課長を見上げると、何か考え事をしているようで宙を仰いでいる。

そして、少しの間の後に言ったのだった。

「オレのマンション、すぐそこなんだ。古川さえよければ、服を乾かして帰らないか? 家までは車で送るから」

「えっ!?」

あまりに唐突な、それもあり得ない申し出に、しばらく呆然としたのだった。
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