最後の恋にしたいから
『相合傘』を提案した私に、課長は一瞬驚いた顔をしていたけれど、すぐに笑顔を浮かべてくれた。

「よし、じゃあそうしよう」

傘を持ち、課長は私と並んで歩き始める。

歩調をさりげなく合わせてくれているようで、そんな優しさに癒された。

「だけど、本当に大丈夫ですか? ご迷惑じゃないんですか?」

今さらながら心配になると、課長は首を横に振った。

「迷惑なら、最初から声をかけてないよ。オレは、古川だと思って声をかけたんだから」

「そうだったんですね。本当にありがとうございます」

どこまでも申し訳ない。

私と並んでいるせいで、課長も濡れちゃっているし。

それ以上は会話が出来ないまま、数分歩いたところで課長の足が止まった。

「ここだよ。ここの五階なんだ」

そこは、あの公園から本当に近く、路地を一本入った場所にあるからか、周りは静かで落ち着いた雰囲気だった。

まだ新しい建物なのか、薄いグレーの外壁に目立つ汚れがない。

道路側がバルコニーになっているようで、どうやらワンフロアに二部屋しかない感じだった。

「キレイですね。素敵」

自分が住んでいるマンションは、築年数が数十年経っているせいもあり、スタイリッシュな外観に羨ましくなる。

「まだ新しいんだよ。去年建ったばかりで、ちょうど本社の赴任と重なったから、運良く新築のマンションに入れたんだ」

「そうだったんですか……」

言われてみれば、課長はまだ赴任してきて一年経ったばかりだ。

赴任初日は、一課にイケメン課長がやって来たって、みんなと一緒に騒いだのを思い出す。

まさか、その翌年には家へ訪れることになるなんて、想像もしていなかった。

もちろん、寿人にフラれることだって……。

ファミレスでの出来事を思い出し、心が落ち込む。

本当に、こんな日になるなんて思ってもみなかった。

オートロックを解除した課長が、立ち尽くしている私を優しく促した。

「おいで。早く、体を温めた方がいい」
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