最後の恋にしたいから
エレベーターで五階まで上がる。

ここは十階建で計二十戸の部屋があるけれど、人に会うことは少ないと課長が言っていた。

どうやら、みんな社会人の一人暮らしで、時間がバラバラらしい。

だからか、本当に静かだった。

「中心部のマンションなのに、こんな静かな場所があるんですね」

「そうだな。メインの通りからは離れてるし、やっぱり路地裏だからだよ」

案内された部屋は2LDKの造りで、足を踏み入れた瞬間、柑橘系のいい香りがした。

この香りは、さっき課長からもふんわりと匂っていたものだ。

部屋はモノトーンで統一されていて、きちんと整理されている。

彼の人柄がそのまま出ているようだった。

「そっちがお風呂なんだ。タオルを用意しておくから、シャワーを浴びた方がいい。それから着替え……」

と言って、課長の言葉が途切れた。

そして、困ったように目を泳がせている。

最初は、その反応の意味が分からなったけれど、最後の言葉を思い返し思わず声を上げた。

「あっ! 着替え……がないです」

そうだ。

ここは、課長の家なのだから私の着替えがあるはずもない。

かといって、バスタオルを巻いて過ごすわけにもいかない。

青ざめる私に、課長は申し訳なさそうに言ったのだった。

「ごめん。そこまで考えてなかった。古川さえ良ければ、オレの服を着ておくか? 出来るだけ新しいのを選ぶから」

そう言って、課長は慌てて部屋へ入っていく。

どうやら、そこにクローゼットがあるらしい。

そんな彼を追って、部屋の前で立ち止まった。

「あの、課長。そこまで申し訳ないです。私はむしろ、ありがたいくらいですが、ご迷惑ばかりかけちゃうので。ドライヤー貸していただけませんか? それで乾かします」

そこまで手を煩わせるのが申し訳ない。

すると、課長は白いTシャツとグレーのスエットパンツを持ってきたのだった。

「ドライヤーで乾かせるレベルじゃないと思うぞ? これで良ければ……」

ゆっくり受け取ると、やっぱりほのかにいい香りがする。

「ありがとうございます……。本当に、ご迷惑ばかりですいません」
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