最後の恋にしたいから
別に、寿人とのことを吹っ切れてるわけじゃないんだけどな……。

心の中でブツブツ呟きながら仕事をするも、課長が気になってチラチラと見てしまう。

さすがに、私が出勤していることには気付いただろうけど、まるで意に介していないようだ。

それだけ、課長の仕事は忙しそうだし……。

私も気を取り直し、請求書の作成をしていると、うちの課長から声をかけられた。

「古川、悪いんだが、隣の会議室を準備してくれないか? 昼から課長会議があるんだよ」

「そうなんですか? わかりました。すぐにします」

会議室の準備とは、窓を開けて空気の入れ替えをしたり、イスやテーブルの配置を直すことだ。

この会議は定期的にあり、会議室の準備は各課持ち回りで担当している。

どうやら、今回の準備担当は三課らしい。

「ごめん、彩乃。会議室の準備してくる」

声をかけると、彩乃はやりかけの請求書の束を受け取ってくれた。

「オッケー。残りは私がしておくから」

「ごめんね。よろしく」

急いでオフィスを出ると、隣の会議室の鍵を開け中へ入った。

普段あまり使わない部屋なだけに、空気がよどんでいる。

外開きの小さな窓しかないけれど、開けないよりはマシだった。

「それから、テーブルとイスの配置よね」

たまにしか行わない準備だから、毎回考えてしまう。

「ええっと、こっちだったっけ?」

向きも、確か決まりがあったと思うけど……。

「違うよ。そのイスはこっち」

と声がして、思い切り振り向いた。

そこには、名越課長が立っている。

「課長!? いつの間にここへ!?」

心臓が止まりそうなくらいに驚いた私は、思わず声を大きくしていた。

すると、課長は笑みを浮かべて人差し指を口に当てている。

「外まで聞こえるだろ? 古川、全然気付いてないんだもんな」

楽しそうに笑う課長に、私は頬が赤くなるのがわかった。

「集中してましたから……。それより、昨日は本当にありがとうございました」

改めてお礼を言うと、課長はゆっくり首を振った。

「いいよ。もう、それは気にするなって。様子が気になってたんだけど、あっちで声をかけるわけにはいかないし」
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