楓の樹の下で
第十章 “楓の樹”
ボクは走った。
足が痛くても、喉がカラカラになっても、とにかく止まる事なく走った。
駅の交番を見つけた。
足を止める。吹き出す汗を拭った。息を整え入っていく。
写真の、この写真の場所に行くんだ。
お母さんと一緒に笑った、あの場所に。

「あの◯△公園はどう行ったらいいですか?」
「えっちょっと待ってね。」

そう言うとおまわりさんは地図を広げた。

「ボクは一人なの?」
「うん。おばあちゃん家に行くんだ!」
「そっか、偉いねぇ!あったあった!えっと駅はわかる?」
うんと頷く。
「それじゃ駅から電車に乗るんだけど、**行きに乗って三つ目の駅で降りて。そこでまた大人の人に聞いてくれるかな?」
「うん、わかった。ありがとうございました。」
頭を下げて言うと
「気をつけて行くんだよ」
と、見送ってくれた。

言われた通りに電車に乗り三つ目の駅で降りた。
改札を出ると見たことあると、思った。
頭の隅っこに押しやっていた記憶が出てくる。
お母さんが優しい時に住んでたところだ。
この道もあの店も知ってる。
この坂を登れば、あの公園があるんだ。

坂を登ったとこに、あの時と変わらない公園があった。
夕方も過ぎて公園で遊んでる子供は少しずつ帰っていく。
ゆっくりと公園に足を踏み入れる。
そう、このブランコ一緒に乗った。
あの滑り台も下で待ってるお母さんのとこに行きたくて滑った。
砂場ではお城も作った。

その先に…
あれだ、あの木だ!
駆け寄って写真をポケットから、出した。
見比べる。やっぱりここで間違いない。

「お母さん…」

たまらず泣いた。
どれくらいの時間そうしてたんだろう。
周りはすっかり暗くなってる。

公園の真ん中にある時計を見た。
もうすぐ7時になる。
ボクは向日葵で幸せになるはずだったんだ。
目をつぶって思い出す。
この時間はみんなで朱里ちゃんの作った晩御飯だ。
みんなで楽しく騒ぎながら食べる御飯は、いつも温かかった。
茜ちゃんが瞬の面倒みながら食べてると、決まって大毅が、おかずを取るんだ。
それをいつも華ちゃんが怒ってた。
朝陽と夕陽は好きな物と嫌いな物が逆だった。朝陽が嫌いな物は夕陽が好きで、夕陽が嫌いな物は朝陽が好きだった。
だからいつもおかずと取り替えてた。
それも、華ちゃんが怒ってた。
それを見て瞬といつも笑って、御飯を食べてたんだ。
朝は決まってトイレの競争になるし、お風呂では並んで背中を洗いっこした。
最後の瞬の顔を思い出す。こんなボクをまっすぐに好きだと思ってくれた。
瞬だけじゃない。
ゴンちゃんも正親兄ちゃんも、朱里ちゃんも、華ちゃんも朝陽も夕陽も、茜ちゃんも大毅もみんなボクの事を受け入れ家族にしてくれたんだ。
ボクにとっては夢みたいな時間ばかりだった。
今になっては本当に夢だったんじゃないかと思う。
思い出せば思い出すほど、涙が止まらない。

「また向日葵に戻りたいな…。」

ボクの声は夜に消えていく。

後ろで車を音がする。

来たんだと。思った。

振り返ると正親兄ちゃんがいた。


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